仕事が限界でもう辞めたい・・・。経験者はどう対処した?

 

みんなの体験談

 

 

@【美容師、20歳、女性】我慢の限界を超え、転職先を見つける前に辞めました

 

美容師になるのが夢で、住み込みだったから朝は四時半から起きて全員の朝ごはんを作るところから仕事が始まり、開店の準備をしてからご飯を食べて片付けをしてからまた店に。

 

閉店八時から店の片付けをやってから練習で寝るのは夜の二時。

 

寝不足で、仕事中にトイレに入り1分だけ立ったまま目を瞑りガクッとなって起きてまた頑張る。

 

それでも頑張りたかった仕事だったし、その部分はさほど苦にはならなかった。

 

コンクールがあれば寝る時間はもうほぼ無い、シャンプーが一番大切だと教えてくれる店だったから働きだして一週間もすると指紋がなくなり、皮が薄くなって指先は紫になる。

 

でも、上手くなってきたね、気持ちいいよと言ってもらえたら本当に嬉しかった。

 

初めてお客様のトリートメントをした時、ロッドを巻いた時、カラーリングをした時、全部今でも良い記憶のまま覚えている。

 

仕事内容には何も不満はなかった、先輩からの嫌味も社長のセクハラも、眠気が勝っていたからどうってことはなかった。

 

ただ、どうしても耐えられないことがあった。

 

店だけではなく、電車で一時間ほど離れたところにある美容師の教室のような場所があり、そこに週に一度通わなければならなかった。そこに通うための美容師セットも買わなければならなかった。

 

全て給料から取られていた。給料は六万、セットは八万、交通費も馬鹿にならない。

 

そしてなぜか社長や副社長に買物を頼まれると金を出さなければならない。高いお酒の時もあれば、全員分の食材数日分の時もある。

 

足りるわけがなかった。

 

電話すら有料、光熱費も何もかもが有料だった。同期は三人いたけれど、一年上の先輩と一緒に二人は夜逃げをした。一人は自傷をしてクビになった。

 

他の店からは腕が良い、コンクールで賞をよく取る店で有名だった。

 

確かに、同期は私を含めて三人が入賞をした。借金をしてでも頑張った、投資だと言われて信じていた。

 

どんどん借金は膨らむけれど何も感じなかった、私の為のものなのだ店の人は鍛えてくれているのだと思っていた。

 

きっと病んでいたのだと思う、普通ならそこまで頑張らないしダメな店だと早めに見限る事が出来るはずなのに思考することをやめていた。

 

けれど正月前のある日、凄く高い1本二万円もする日本酒を買ってこいと言われた。私は目が覚めた。

 

酒は買いに行かずに荷物をまとめ、辞めたいことを告げた。殴られたけれど引かなかった。

 

今ならば労基に行こうとか考えられるかもしれないけれど、本当にその場から逃げる事のほうが大切だった。

 

逃げて、暫く休養をした。

 

同じように別の店で美容師をやっていた友達は給料が三倍も多く、技術の為のお金は全額出してもらっていると教えてもらった。

 

辞めることを考えて、でも自分が辞めたら迷惑が・・・今辞めたら次の仕事が決まるかどうか・・・と悩んでいる人に言いたい。

 

確かに次の仕事を決めてから辞めるのがベストです。迷惑もかけるかもしれない。

 

だけれど、自分が壊れてしまったらもっと迷惑をかける事になる。体だけでなく心まで壊れてしまったら治療に何年掛かるかわからない。

 

辞めることは悪ではない事を知ってほしい。働く為に生きているんじゃなく、生きるために働いているはず。

 

なのに生きていけなくなるほど働いてしまったら意味がない。

 

簡単ではないかもしれない、けれど壊れかけているのに辛いのに、頑張ろうと力を振り絞るくらいなら、勇気を振り絞って辞める決断の道を選んでいいんです。

 

ちゃんと笑える生き方をしていて下さい。

 

A【ごみ収集、28歳 入社7年目、男性】続けられる人は続けられるが私は絶対に無理だった

 

私はごみ収集の仕事を前にやっていました。しかし臭いがきつすぎるのとあまりにも汚すぎて辞めることを決意しました。

 

臭いなんて我慢すれば大丈夫だろうと言われたときもありますが、とてもじゃないですが我慢出来るレベルではありません。

 

月曜はプラスチックごみの日でペットボトルや綺麗なプラスチック系の包装なのでハズレがなければ大丈夫です。ハズレとは中身が入りっぱなしのペットボトルや洗っていないプラスチックごみです。

 

問題は火曜と金曜の燃えるごみの日です。おむつや生ゴミ等が袋から漏れているときもあったり収集車でプレスした後もその臭いが残りたまに吐きそうになります。

 

そして軽度の潔癖症で手にごみが着いたときはとてもへこみます。水曜は空き瓶でこれもたまに中身が放置されていなければ平気で、木曜は燃えないごみの日でこれも異臭ぶつは少なめです。

 

なので火曜と金曜をどうにか乗り越えれないか色々考えました。マスクをつけて仕事をするのですがそれプラス鼻栓をつけてみました。

 

しかし常に走ってごみステーションを回るので口呼吸だけでは苦しく断念しました。あとごみ袋を掴む際に息を止めてやってみましたが後半呼吸が追い付かず断念。

 

火曜と金曜のごみが多い地区の時だけ少な目の地区の車に乗りましたが、終わったら応援に向かうので結局同じ場所に戻ってしまいました。

 

ゴム手も2重に履いてごみが手に付くのを防ごうと思いましたが袋にたまっていた謎の液だれがつくのでどれだけ頑丈にしても意味がありませんでした。

 

色々策は尽くしましたが私がもうもたず、働いている人達はみんなとてもいい人達でしたが辞めることに決めました。

 

今の仕事がとても嫌な人達は沢山いると思います。でも他の場所に行ってもまた同じ問題にぶち当たり辞めたくなるかもしれません。

 

今の仕事で何が嫌か具体的に考えその問題に対して今何が出来るか、出来る限りの事をやってみるのはどうでしょうか?

 

何かしらの対策方法は少なからずあると思います。その策もやり尽くしそれでも改善されない、我慢出来ないときは私みたいに辞めてしまうのも対策の1つの手だと思います。

 

辞めてから第3者目線で見えてくるものもあるのかなと私は思います。若い方がすぐ辞めるので根性がないなという人もいると思います。

 

でもやってみないと分からない仕事は沢山あると思います。でも私は自分に合わないと思った仕事を長くやっても向上心が無いので上達や仕事が早くなることは無いと思います。

 

やれるだけのことはやってみるのが重要だと私は思います。

 

B【SE、31歳 転職3年目、男性】精神的に限界が来る前に逃げるのも一つです

 

私はシステムエンジニアの仕事をしていました。人とのITのスキルはもちろんの事、コミュニケーション能力がとても試される職業だと思います。

 

大抵の仕事で壁にぶつかるのが人との繋がりだと感じます。他の人が職業を聞くと、パソコンが出来るって良いね。とか、パソコンとにらめっこ大変そうだね。と言われます。

 

確かにパソコンと向き合うのが大変な部分もあります。しかし、裏に隠れているのは人間関係です。仕事を進める上で大切になってくるのが人間関係なのです。

 

なぜ、人間関係が大切なのか?そこに疑問を持っている人は人間関係が円滑に進んでいる人なのだと私は感じています。

 

そこで考えてみてください。会社に入社して、自分に仕事を教えてくれるのは誰ですか?パソコンじゃありませんよね?人間が教えてくれるはずです。

 

もし、仕事を教えてくれる人が何も教えてくれない人だったらどうでしょうか?自分はパソコンで何をしていいのかもわかりませんよね。

 

もし、仕事を教えてくれる人とうまく付き合えない、苦手意識がある人だったらどうでしょうか?苦手意識が邪魔をして仕事を覚えるどころか、恐怖心、嫌悪感等がわいてきませんか?

 

あんな人に仕事なんか教えてもらいたくない。そう思うはずです。入社してある程度スキルが付いてきてからも同じことが言えるのではないでしょうか。

 

仕事を教えてくれない人に、仕事の相談をしても良い答えはもらえませんよね。また、苦手意識がある人に仕事の相談をそもそもするでしょうか?

 

普通の方は苦手意識のある人を避けるはずです。では、どうすれば良いのでしょう。

 

私の考えは、コミュニケーションを無理にとろうとすると、それが精神的にキツくなってくると考えます。

 

ある程度妥協して付き合っていかなければいけない部分はあると思いますが、本当に自分に何のメリットも生まない人とは無理に付き合う必要はないと思います。

 

仕事をする事で精神的にダメージを抱え続けて仕事自体を続けられないというのが一番怖いのです。

 

鬱になってしまった。なんて事になったら最悪です。それであれば逃げるというのも一つの手と考えます。デメリットしか与えてくれない人とコミュニケーションをとっても自分が壊れていくだけです。

 

だったら、デメリットしか与えてくれない人からは逃げてしまいましょう。逃げる事が難しいのであればメリットを見つけるしかないです。

 

見方を変えてメリットを見つけ出してみてください。それは客観的にそのデメリットだらけの人を見てみるのも良いでしょう。

 

僅かでもメリットが見つかるかもしれません。見つからないのであれば、それは肩の力を抜いていっその事逃げてしまいましょう。それが一番の人との付き合い方だと思います。

 

C【生産技能職、27歳、女性】自分を洗脳しながら働いた毎日

 

私は某自動車会社で生産技能職の仕事をしていました。自動車会社なので男性ばかりの職場、私が配属されたのは女性が初めて配属される職場でした。

 

もちろん更衣室も私1人、お手洗いも私1人が使用するための和式便所が1つ。更衣室には鍵付きで入ったらすぐに鍵を閉めるように指示されました。

 

男性ばかりなので用心しなければならないのはわかっていましたが、そこまでなのかと最初は驚きました。男性ばかりの職場で最初大変だったのが、コミュニケーションの取り方です。

 

女性が配属されるのが初めてだったため、誰も仕事現場に私を連れて行こうとしませんでした。

 

私の会社は1年はペアコーチがついて仕事を一通り教えてくれるというシステムになっているのですが、ペアコーチも女性を現場に連れて行くことに抵抗があった様で私を現場に連れて行ってくれませんでした。

 

このままでは仕事を覚えられないと思い、半ば強引に誰かについて行くことに決めました。

 

私はもともと人見知りで特に男性と話すことが苦手でしたが、そうこう言ってる場合ではないと思いました。比較的話しやすい年配の方について行き、仕事を教えてもらいました。

 

仕事を教えてもらううちに、慣れてきたのか職場の全員と話すようになり、徐々に色々な仕事を任せられるようになりました。

 

その中で機械を使って品質を管理する作業があり、最新で導入された作業だったため職場内で全く浸透しておらず人材育成の目的で教育が実施され私も参加しました。

 

最初は苦手でしたが、男性に負けたくないという気持ちがあったので苦労しながら一生懸命頑張りました。頑張った結果、職場の誰よりもその機械を熟知し、教育の講師を任せられるようになりました。

 

しかし、私は女性でしかも若かったため教育に対して軽視されていました。教育をすると前もって伝えているのにも関わらず、ドタキャンされました。

 

挙げ句の果てには手順書が悪いと、私が作った手順書を否定されました。手順書なんて教育を受けて自分で作成するものなのに、なぜ否定されなければならないのかとても悔しかったです。

 

教育相手は5歳から10歳年上の男性上司だったため、何も言えず只々いつか絶対に後悔させてやりたいとしか思えなかったです。

 

そして何が一番私にとって良いか、考えたのが寿退社でした。私が結婚して仕事をやめ、今まで真面目に受けてくれなかった教育に対して後悔して欲しかったのです。

 

私がやめたら、職場にはその機械を使える人がいなかったため辞めることが私にとっての解決策でした。

 

男女平等社会といっても実際は不平等で、特に男性ばかりの職場で働いている女性で悩みを持っている方は多くいると思います。

 

男性ばかりの職場で働いている方、女性視点で職場に貢献出来ることは沢山あります。不平等に負けず頑張って欲しいです。

 

D【求人広告営業、24歳 入社2年目、女性】クライアントからのクレームにストレスが溜まり転職を決意した

 

私はある大手の求人広告会社で営業職として働いていました。

 

主な仕事は飲食店や雑貨店などのお店や企業に向けて主にアルバイトの求人を応募しないか営業をかけて受注したり、その後の求人の応募状況などをヒアリングしたりする仕事でした。

 

私が限界で辞めたいと思ったきっかけはクライアントからのクレームが多すぎるということです。

 

一番多かったのがやはり求人に載せたのに全然応募が来ないということ、そして人を雇えたが全然使えなかったり辞められたりすることを私のせいにしてくることでした。

 

もちろん私も精一杯の求人の提案をしましたし、クライアントも納得の上での受注だったのでまさかのところでクレームがどんどん来てしまい、私は毎日ストレスが溜まり続け、精神的にも肉体的にも限界になり、仕事を辞めたいと思うまでになりました。

 

結果的に私は辞めてこの問題を解決することができました。最初はとても悩みました。

 

上司にもこんなこと他の仕事でもいくらでもあるから今逃げても仕方ないと止められましたし、中には私を必要としてくれているクライアントもいました。そしてこの営業という仕事自体は好きだったので辞めるのもなという思いがありました。

 

しかしある日私はあまりのストレスで外回り中に軽い過呼吸になってしまい病院に運ばれる事態になってしまうことがありました。

 

このこともあり、退職をすることを決意しました。最初は逃げている感じで嫌だったし後悔もしました。

 

しかし同業他社に転職をして、今ではクレームもあまりなく、ストレスもそんなに感じない環境で仕事をさせてもらえてます。

 

どんな仕事でもストレスや嫌なことがありますし、それが限界に感じると辞めたいと思ってしまいますよね。しかし私のように辞める=逃げるという意味に捉えてなかなか踏み込めない時もあるかもしれません。

 

しかし私のように限界を超えて倒れてしまったりしたらもっと周囲に迷惑をかけてしまいますし、体調も戻りにくくなります。

 

そうならないためにも限界を感じたらやめて新しい道を行くのも一つの正しい選択です。悩んでいたらまずは周囲に相談をしてみましょう。

 

私も実際に同業他社の友人に現状を相談して、他の企業の環境などを知って今の現状がおかしいということにも気づけました。

 

一人で悩み続けていても何も変わりませんし、ことはどんどん悪化するばかりです。そうならないためにも限界だ、もうダメだと感じたら行動を起こしてみましょう。

 

辞めることは逃げではありません。自分の気持ちを第一に考えて次の行動に移しましょう。

 

E【オペレータ、29歳 転職1年目、男性】異常な社風を目の当たりにしてすぐに退職を決意しました

 

ある地方に引っ越しすることになって、最初に見つけた職場でのことです。引っ越し前までは東京で仕事をしていました。

 

その地方では、私のスキルに合った仕事は中々なくて、かなり苦労して仕事を見つけました。新天地で心機一転、頑張ろうと思って入社しました。

 

仕事は、コンピュータ関連のトラブルを解決する、という役割でした。技術的なスキルはもちろん、コミュニケーションのスキルも求められる仕事です。

 

最初に研修が2ヶ月ありました。同期入社も何人かいて、みんな中途採用です。その中で私が年長でした。問題が起きたのは、コミュニケーションの研修でした。

 

コミュニケーション研修で教える人が、私達にこう教えていました。「君たちは会社の中で最下位階級だ。相手の階級に従ってこういう礼儀をしろ。相手の階級によって態度を変えろ」

 

明らかに差別でした。東京での仕事の経験から言って、こんなことしていたら裁判沙汰の大きな問題になるのは間違いない、と私は思いました。

 

でも大きな騒ぎにしたくありませんし、新入社員の自分の立場上からもできない状況です。「どうしたらいいだろう」と入社直後にいきなり大きな問題にぶち当たりました。

 

私がどうやってこんな大問題を解決しようとしたかというと、やり過ごす方法を取りました。

 

研修は短期間で終わるし、その人のただの個人的な偏見だろう、現場で忙しく働く人たちがそんな「礼儀」をしているわけがない。そう思って何事もなかったかのようにやり過ごすことにしました。

 

ただ、その時にとても不思議だったのは、差別の礼儀を教えられた他の同僚たちが何もリアクションしなかったことです。

 

「まさかこの地域ではこんな差別が当たり前なのだろうか?同じ日本なのに」と思いながら、裁判沙汰だけは避けたいと研修を神妙に受けることにしました。

 

前半の研修が終わり、後半の研修が始まりました。教える人も変わりましたが、新しい教える方はとくにその「礼儀」を強要することもなかったです。

 

やはりあの人の勝手な個人的偏見だったのだろうと思いました。差別問題は一旦解決したかに思い、ほっとしました。

 

ですが、その新しい研修を教える立場の人が、突然、急に怒り出しました。新入社員全員も含めてですが、特に私を攻撃してきました。

 

私が何か失礼なことをしたのだそうですが、こちらも他の職場の経験がありますし、自分では心当たりがありません。

 

相手は具体的な説明をしませんし、その上司も偏ったことを伝えられたのか一方的に私が悪いと決めつけている様子で、聞く耳を持ちません。

 

とにかくイジメなどを受けないように、神経を尖らせるだけしか私にはできませんでした。

 

そうするうちに会社のエラい人たちに呼び出されました。密室で私一人が集中砲火の口撃をされ、精神的なリンチのようなものを受けました。

 

そのエラい人たちの話も、時代錯誤の精神論みたいなことを言っていて、私には理解できない(その必要もない)内容でした。

 

私はその場から飛び出して二度と会社には行かなくなりました。後から聞いた話によると、自殺するのではないかと騒ぎになったようです。

 

私からすると、なぜこんな幼稚な会社のために自殺するんだよ!という感じですが・・・。

 

私は研修までで会社は退社となりました。その他の同期のみんなも、ほとんどが退社扱いになったようです。わずかに会社に残れた人は、自分の意志のないような、イエスマンみたいな性格の人たちばかりでした。

 

私はその後、同じ土地の別の会社で働いて、もちろん差別のないごく普通の仕事をしています。

 

こんな風に、入社直後に裁判沙汰になるような大きな問題や仕打ちを受けた場合、どうするべきだったのでしょうか。

 

会社に入ったばかりで、誰も信用できる人がいない状況でした。しかも引っ越ししたばかりで、その土地の普通の習慣や考え方も知りません。

 

今から考えても、やり過ごす方法が最も自然な対処方法で、それしか方法が選べなかったと思います。

 

もし他の人が同じ状況になったとしたら、私が言える解決方法は一つだけです。

 

そんな異常な職場はさっさと辞めて、別のまともな会社を選んだ方がいいです。他の会社では差別を教えたり強要したりなどしません。

 

この会社は、実はある大手の有名な会社ですが、その会社でずっと長くいすぎるからなのか、エライ人たちも世間からズレてしまって時代錯誤をしていました。

 

今の普通の会社ならコンプライアンスの問題で淘汰されているはずです。

 

辞めることにいろんな抵抗もあるかも知れませんが、かといってズルズルと誤魔化すのもいい方法ではありません。

 

こんな会社なら、自分の意志できっぱりと辞めるべきです。

 

F【保育士、30歳 転職1年目、女性】相談できる人もいましたが面タウル的にも限界で退職しました

 

私は保育士の仕事をこれまで長年続けてきました。もともとわたし自身、幼い頃から子どもと関わる仕事につきたい、当時幼稚園児だった私がお世話になった担任の先生のようになりたいと、小さいころから夢を持っていました。

 

その夢を果たすために保育科の短期大学に進み、楽しく期待に満ち溢れて、学生生活をおくり、幼いころからの夢であった、保育士になり、保育園に勤務することになりました。

 

子どもと過ごすのは楽しかったですが、同じ職場に長年いたので、また新たな環境でも仕事をしてみたいと思い、29歳で転職をしました。

 

それが地獄の生活の始まりでした。なにが限界かというと、その保育園では子どもたちの虐待が行われてたから。それを見るのも、見ないふりするのももう私には限界でした。

 

こんなことを目の当たりにするために保育士になったわけじゃない。転職したわけじゃない。と思いました。子どもたちの泣く姿を思うだけで、こちらも苦しくなりました。

 

悩みを解決する方法はもう辞めるしかないと思っていましたが、唯一、同じ保育園にこの気持ちを分かり合える保育士さんが数名いたので、それがせめてもの救いでした。

 

私自身もすぐにこんな保育園やめようと思いましたが正直、独り身で地元から離れているため、生活もかかっていたので、すぐに辞めるという決断にも至れませんでした。

 

なので、次の仕事が見つかるまではなんとかここにいなければと思いました。なんとか次の仕事を見つけるまではそこの保育園にいることができたのも、支え合える人がいたからだと思っています。

 

根本の解決にはなっていませんが、自分自身の解決策としては自分が成長できない場所にはいる必要がないので、私は退職に至りました。

 

きっといま、この世の中には私と同じように、いろんな職業、業種、もちろん主婦という方の中にも限界を感じている人がたくさんいると思います。

 

もちろんすぐにそこから逃げられない何か理由があるのもわかります。わたしもそうでした。ですが、人生というのはわがままに生きていいのだと思います。

 

自分勝手で良いのだと思います。自分がここにいて良い環境なのか、成長できる場所なのかよく見極めてください。我慢ばかりの場所になんている必要がありません。

 

転職も容易ではないこともわかりますが、正直言って、自分がある意味のないところなら、一刻も早く去ることです。

 

人生を明るく生きるために、みなさんの限界が解決しますように。

 

G【マスコミ、29歳 入社6年目、女性】限界まで頑張りましたが疲れ果てました

 

私はずっとマスコミの仕事をしていました。徹夜なんて当たり前、徹夜するのに残業手当は出ないのも当たり前。

 

家に帰れないのも当たり前。風呂に数日入れないのも当たり前。そんなあり得ないことが当たり前すぎるブラックな会社でした。

 

新卒で入社して、それが当たり前だと思っていたのですが、同級生はみんな毎日、家に帰って、風呂入って、夜寝る。そして彼氏とデートして楽しんでる。

 

そんな話を聞いて、羨ましいと思いつつ数年がたちました。

 

しかし若い頃は徹夜も平気だったのに、年々しんどくなってしまい、とうとう体に限界を感じ、そして30前ならまだ普通の人生やり直せるのではないかと思い辞める決意をしました。

 

本来は次の仕事を見つけてから辞めるのでしょうが、徹夜ばかりで職探しも出来ず、とりあえず貯金もあったので、思いきって上司に「今月いっぱいで辞めたいです!」と伝えると却下されました。

 

しかしなんとか辞めて、新しい人生を手に入れたかった私はどうにか出来ないものか悩み、「私が辞めたいと言うのではなく、辞めなくてはダメな状況を作ればよい」と気づきました。

 

当時すでにボロボロだった私は疲れて眠いのにいざ横になると寝れない睡眠障害を患っていたので、心療内科の先生に訳を話、休養が必要な状態だと診断書を作ってもらい上司に提出しました。

 

さすがに、診断書を見た上司は首を縦に振ることしか出来ず辞めることを認めてくれました。

 

有給も2週間ほど残っていたので、最初の2週間で仕事を引き継ぎ、残りの2週間で有給消化しながらのんびり次の仕事を探し始めました。

 

時はすでに30歳手前で、これといった資格もなくこんな私を雇ってくれるところがあるのだろうかといろいろ探し、とりあえずマスコミ以外で面接受けまくり、なんとか事務職につけることになりました。

 

晴れて自由の身になり事務職についても何年か睡眠障害を引きずっていました。今は家庭に入って主婦をしていますが、あの時無理にでも辞めていなかったら、婚期も逃し、いまだにあの会社に縛られ、睡眠障害だけではすまなかったかなと思っています。

 

辞めるには勇気が必要ですが、私みたいにボロボロになるまで頑張らなくても良いと思います。男性と女性で背負っているものが違うだろと言われそうですが、健康が一番大事です。

 

簡単に辞めろとは言いませんが、仕事を続けることにより、自分が壊れていくなら無理して限界突破しないでください。

 

辞めて良かったと思える日が来ますよ。

 

H【中学校教員、23歳 入社2年目、男性】休みがなくさすがに限界でした

 

公立中学校で英語科教員をしていました。一番限界だったのは、休みがなくてリフレッシュできなかったことです。

 

まず、労働時間が決められていても、業務の都合上どうしても残業せざるを得ません。定時は形だけで誰も帰れず、管理職が時々早く退勤するように言ってはきますが、不可能なことが多いです。

 

それは帰りの会を終えても部活動が毎日あり、その指導で放課後に時間をさく必要がありからです。

 

その後に、ようやく教員は自分の仕事の時間を確保できますので、定時を何時間もオーバーすることが頻繁に起こります。

 

その上、もし明日の授業の準備ができていなければ、持ち帰ることもあるので実質的な労働時間は相当なものです。

 

土日も部活動の指導でつぶれることが多く、大会がある時は丸一日つぶれてしまいます。月1日しか丸一日休みがないということが、当たり前になっていました。

 

当時は授業や生徒指導、部活動などたくさんの悩みを抱えていました。ですので、周りの先輩に困ったことがあればすぐに相談するようにしていました。

 

もちろん、相談しにくい人もいましたが、その人をどうしても頼らないといけない状況もありましたので、遠慮せずに質問するようにしました。

 

また、時には同期と愚痴を言い合うことで、ストレス解消へとつながります。同期が同じ職場にいない場合でも、研修が新任の時には頻繁にありましたので、よく研修後には飲みに行って今苦労していることなど語り合ったのが良い励みになりました。

 

他には、普段休みが少ないとはいえ、教員は夏休みに長期で休むことができます。その時に海外旅行など行って、完全に仕事のことは一旦忘れて、羽を伸ばしてくると一気にリフレッシュできます。

 

何のために今その仕事をしているのかを、常に考えてみて下さい。もし生活のためにその仕事をしていて、全く面白味を感じていないのであれば、辞めるべきだと思います。

 

なぜなら、限界を感じているので、すでに心身ともに完全に疲弊しきっているかもしれないからです。

 

もし、うつ病や適応障害など発症してしまうと、取り返しのつかないことになるかもしれないので、絶対に一人で抱え込んで無理だけはしないで下さい。

 

それを防ぐためにも、今している仕事を生活のためではなく、自分が遊ぶために働いていると、考え方を変えることをおすすめします。

 

そうすることで、先の休みを楽しみに日々頑張ることができるようになります。また、何か一つでも良いので今の仕事の中で、面白味を見つけられるように努力してください。

 

仕事は辛いことの方が多いですが、時には楽しいと感じないと、長く続けることは難しいと思います。

 

I【派遣営業、26歳 入社4年目、女性】体力的に限界でした

 

私は派遣会社の現場担当として働いていましたが、時間外の仕事やサービス残業が多いので辞めたいと悩んでいました。

 

私は派遣先にスタッフと一緒に行って、企業との橋渡し役をしていました。会社の就業時間は9時から17時となっているのですが、相手の企業によっては出社時間が早まります。

 

現場に行くのにスタッフと待ち合わせをしてから行くので、7時に待ち合わせをする事も多々あります。

 

帰りは企業回りをすると、21時以降に終わることも当たり前の仕事内容でした。忙しい時期になると、毎日こんな状が続くので、体力的にとても大変な思いをしていました。

 

企業によっては私の休みの日にも連絡をしてくるので、対応するとゆっくり休むことができません。多少の残業代は出ますが、自分が効率よく仕事をしていないという理由で残業代はほとんど出ません。

 

私も仕事は好きだったので何とか頑張りたいと思っていましたが、体力が続かないので辞めたいと悩んでいました。

 

私が悩みを解決した方法は、会社を退社することで解決させました。私にとって仕事は好きでやっていましたし、相手の企業からも信頼されていたので、辞めるのは相当悩みました。

 

しかし毎日仕事をしていて、好きでやっていた仕事がだんだん辛いと感じるようになってきました。何のために毎日こんなに辛い思いをするのだろうという気持ちが強くなり、仕事へ行くのが嫌になってしまったのです。

 

辞める前には上司に相談をした時も、辞めたら会社が大変だから考え直せと言われました。私の心配よりも会社のことが心配な上司に対して、私は不信感も持ってしまったのです。

 

こんなに頑張っているのに大切にされていない私は、この会社で頑張っても仕方が無いと思い退社を決意しました。

 

現在仕事が限界で辞めたいと悩んでいる方へのアドバイスとしては、辞めたいと思っている理由を考えて、自分の心に従って行動することをおすすめします。

 

仕事を辞めたいと思っているのに無理に働いていても、仕事がつまらないですし、モチベーションも上がらないですよね。

 

何のために仕事をしているのかと言われてば、生活のためだと言うかもしれません。しかし生活のためだと言っても、これから何年も我慢し続けて働くのは辛いですよね。

 

どうせなら自分が楽しく働ける仕事をした方が、充実した毎日を送ることができるはず。できることならやりがいのある仕事をした方が、自分のためにもなります。

 

無理に嫌な仕事を続けないで、やりたい仕事をやることをおすすめします。