仕事のストレスで辞めたい・・・。経験者はどう対処した?

 

みんなの体験談

 

 

@【公立中学教師、26歳、女性】職員室の雰囲気具悪くて限界だった

 

新採用の教諭に対する先輩教員からの「指導」と称する理不尽な言動が原因でした。

 

学年末の飲み会の後、余剰金を分配する係になったことがあるのですが、学年の積み立て金は給料に応じた額だったので計算が少し複雑でした。

 

しかし、私はまあまあ上手くやったと思います。しかし、学年主任は小数点以下四捨五入の端数が合わない、私にこんな小学生レベルの計算確認をさせるな、と言って、3回も4回も突き返してきました。

 

そのせいで、離任式までに間に合わず、私は次年度に県内各地へ散らばった前任者のもとを訪ねるお詫び行脚をさせられました。交通費は自腹でした。

 

この一連のやりとりを見ていた数学の教諭が、陰でこそっと、小数点以下の計算なんて合うわけがないんだよ、大丈夫?と言ってくれました。

 

その他にも、自宅に招待して話を聞いてくれる教師や、私が癇癪持ちの教師に公衆の面前で痛罵されたときにお菓子を机の上に置いてくれた方々、泣いているときに慰めに来てくれた生徒など、色々な人が助けてくれました。

 

結局、私は2年弱で教師を辞めて大学院に進学しました。辞めたことは正解だったと思います。

 

辞めた当時は、頻繁にフラッシュバックに悩まされ、精神的に病みましたが、感謝の気持ちを糧にしたことで、通院などは至らずに済みました。

 

結局、人を大切に思う気持ちは何にも勝るのだと思います。人と人のつながりが私を立ち直らせてくれたのだと感じています。笑顔になれる瞬間を増やすことができるからです。

 

私は社会人になるまで人間関係に恵まれ、温かい人たちに囲まれて育ちました。先生は皆、立派な人だという先入観があったのです。

 

しかし、実際に教師になって思ったことは、教師と呼ばれている人、特に高い役職にある人でも、とんでもない人間性の人はごまんといるということでした。

 

教育という仕事を調教することだと考えていて、それを公言していたり、自分より若いというだけで突発的に怒鳴りつけたり目せしめにしてもよいと考えていたり、とんでもない人間の見本市でした。

 

教務室はいつも、特定の生徒の愚痴であふれていました。だから、皆さんには、立派と思われている立場の人から、苦情や不満をぶつけられても、その人がどういう人なのか見極めて、本音と建前を使いわけろ、全て真剣に受け止めるな、ということ。

 

苦しくなったら、早めに逃げた方がよい事もあります。また、集団で働く以上、その中に味方が混じっていたとしても、集団の力学の前では、どうしようもないということも覚えておいてください。自分の身は自分で守りましょう!

 

A【栄養士、21歳 新卒1年目、男性】毎日のサービス残業で心身ともに疲れはてていた

 

私は、栄養士として地元の病院に入職しました。栄養士としての採用でしたが、初めは病院の厨房で調理作業をしていました。

 

勤務時間は、早番ですと朝5時?昼2時まで。普通番だと、朝9時?6時まででした。入職してから、3ヶ月後、先輩の栄養士が1人産休に入ってしまい、私が変わりを務めるよう上司に言われました。

 

仕事としては、発注業務、在庫管理、献立作成、管理、その他雑務という事務的業務でとても、新人には行えないような内容の仕事でした。

 

勤務変更を告げられた次の日のから、引き継ぎになりましたが、引き継ぎ期間も人手が足りないという理由で1週間しかありませんでした。

 

1週間後から、引き継いだ仕事が始まりましたが効率の悪い部分と不明な部分が多すぎて、毎日到底定時で帰ることはできませんでした。

 

勤務時間は、普通番でしたが、毎日10時近くまでは残業していました。また、辛かったのが人手が足りない時には現場にも入っていたということです。

 

特に早番の日は、朝5時から調理を行ない、2時からは事務業務。帰宅は、10時というようで非常に心身共に疲労していました。また、先輩との関係性も辛かったです。

 

私の職場には、管理栄養士、栄養士、調理師、調理補助員という職種が働いていましたが、調理師、調理補助員からは、新人のくせに事務所に行き、生意気だと陰口をたたかれていました。
また、その頃は職種に頼れる人もいなく、同期も私一人だけでしたので参っていました。

 

そんな状況でも半年程働き続けました。その頃には、体重も5キロ程落ち、夜は睡眠導入剤を使用しないと寝れないほどでした。ただ、職種に話をできる人が段々とできていきました。

 

また、年齢の近い先輩には、飲みにも連れていってもらえ、やっと自分の今の状況を話すことができました。それから、その先輩が他の職員さんにも説明してくれ、先輩の皆さんが私をサポートしてくれるようになりました。

 

ただ、そんな時でもサポートなんて嫌と言う意見や、自分の仕事は自分でやれなどと言う先輩もいましたが、他の先輩が守ってくれました。1年が経つ頃には、仕事にも慣れ、ほとんど定時で帰宅できるようにもなら、自分の仕事のミスも減ってきました。

 

そうすると、色々と言ってきた先輩もねにも言わないようになり、普通に話ができるようになっていました。働き始めて5年経った今では、職場の皆さんと仲良く仕事ができ、プロジェクトチームのリーダー等も行うほどになりました。

 

現在仕事がキツく辞めたいと思っている方への、アドバイスですが、まずは誰でもいいのだ相談することです。

 

自分一人で悩んでいてもなにも解決はしません。また、きつい時は、なりふり構わず仕事をしないととなってしまいがちですが、一度で落ち着き、自分のすべきことを整理してから取りかかると良いです。

 

あとは、今辛くても半年後はきっと笑っていると思いますので、その時を思い浮かべて耐えるというのが良いと思います。

 

B【広告代理店、30歳 転職半年、女性】転職したにも関わらず転職した意味がない

 

転職を決意した理由は、前職ではどうしても接客業だったため限界がいつかくると感じていました。

 

今後長く働いていく中で先が見えないのがとても不安に感じていました。

 

年齢を重ねてからの転職は大変だと思っていたので、しっかり自分自身に手に職をつけて自信を持って仕事に励みたいと思い今現在の会社に入社しました。

 

初日から何点か疑問点がありました。

 

タイムカードがなく初日から残業が4時間もありました。

 

始めは仕事を覚えるためと思っていたので、多少の残業は仕方ないと納得出来ていたのですが残業は日々増えていきました。

 

今現在の残業の平均時間は毎日6時間ほどです。

 

周りの人にいうとほとんどの方にいわゆる「ブラック企業」と言われます。

 

やはりどうしても残業が長いと体力や精神的に大変になります。

 

どのように大変になるかというと、「睡眠不足」「栄養管理」がどうしても出来なくなります。

 

どうしても残業しても終わらないほどのタスクに追われてしまい、自宅に帰ってからも業務をしないと終わらない悪循環になっています。

 

また、どうしても食事をする時間もないので体調管理に重要な栄養管理も出来ません。

 

これを聞いてなんでそんなことをしてまでも仕事を続けているか疑問に思う方も多いと思います。

 

確かに、転職する前の前職のがお給料も良くてもっとゆとりがありながら業務を行えていました。

 

もちろん前職のまま仕事を続けていればよかったと思わないといったら嘘になります。

 

毎日仕事に行くのが憂鬱ですし、ゆっくり休みたいですし、辞めたいと思います。

 

しかし、私は将来のことを考えて「今を頑張る」と思って自分自身をふるい立たせています。

 

だからと行って体や心の限界もあるので、本当に無理と思ったら辞める覚悟ももちろん持っています。

 

しかし、仕事が大変だからこそ「達成感」「やりがい」はとてつもなく実感することが出来ます。

 

今の私はその2つの思いと将来の自分への投資だと思い頑張っています。

 

同じ業種の方や全く違う業種の方で同じような方は沢山いらっしゃると思います。

 

どうしても上記で挙げたことだけでは、頑張る気持ちを切り替えられない時は休みの日に思いっきり自分の好きな趣味に没頭してストレス解消に繋げています。

 

例えば、私の場合は映画や海外ドラマを見ることが大好きなので、ひたすら好きな動画を見たり、友人と飲みに行ってひたすら笑います。

 

また、同じ辛さを感じている方のブログや書き込みを見て密かに共感することだけでも、「周りの人も頑張っているんだから、自分も頑張ろう」と自分の気持ちを切り替えています。

 

今でも十分頑張っている方と一緒に頑張って乗り切っていきたいです。

 

未来の自分のために今を乗り切りましょう!

 

C【医療ソーシャルワーカー、24歳 新卒2年目、男性】思い描いていた仕事とのギャップに限界になった

 

私は、大学のゼミの先生に勧められ、医療ソーシャルワーカーという職業につくことにしました。

 

当初私もどのような職業かあいまいなまま就職しましたが、おおよそはこのような職業かと思いながら就職しました。医療ソーシャルワーカーとは病院へ通院している、または入院している患者様の経済的、心理的、社会的な課題にたいして、一緒に解決していくような職種となっております。

 

当然患者様の役に立てるような仕事内容と思い、就職したのですが、現実はそうではありませんでした。患者様との面談にはほとんど時間を割くことができずに、日々書類整理に追われました。

 

ただでさえ書類整理が苦手な私にとっては、苦痛でたまりませんでした。書類整理というのはパソコンを使用してどのような患者様が通院しているか、入院しているかというデータ収集が主でした。

 

これは医療ソーシャルワーカーが行うような仕事ではなく、事務の方で対応できる仕事でありましたが、私が就職した病院は、それを医療ソーシャルワーカーが行っておりました。

 

個人情報を取り扱いますので、自宅へ持ち帰るわけにもいかず、業務時間外にこのような作業を行っておりました。そうする中で、少しの空き時間を利用して患者様との面談を行ったり、患者様宅へ訪問し、退院後困っていることがないかなどを訪ねる日々を送っておりました。

 

そうすることで、患者様から少しずつではありましたが、信頼関係を築くことができました。

 

書類整理が日々多い中でも、自分なりに少しの時間を見つけることで、患者様との面談の時間を作ることが出来ましたし、要は効率よく時間の配分を見つけることで、仕事の能率化を図ることが出来たと思います。

 

書類整理が多いということを言い訳にせず、日々能率化を考え行動することで、きつくて辞めたいと思うことも解決できたのではないかと思います。

 

仕事がきついと思っている方へは、まずは自分自身が今現在行っている仕事内容に対して、自分がどのくらいの時間を割くことが出来るのか、少しの空き時間でどのようなしごとが出来るのかということを今一度考えてみてください。

 

そうすることで、仕事の効率化を図ることが出来ますし、自分が今どの仕事を行うべきかということが少しずつ分かってくるようになると思います。

 

誰もが一度は仕事を辞めたいと思うこともあると思いますが、そのような時には一度上記のようなことを考えてみることも大事と思います。

 

D【携帯販売員、30歳、女性】上司との関係に悩んだ日々

 

当初私は携帯ショップの販売員の仕事をしていました。高校卒業で就職しましたので10年弱お世話になり、仕事は楽しかったですし華の職業だなと思っていました。

 

仕事の内容としては携帯の販売(契約)機種変更や、オプション販売や修理受付にクレーム対応など携帯にまつわる全般のお仕事をしていました。

 

18歳で入社したころは若さゆえ乗り切れていたことも20歳超えたころから役職がつきだし、店長として配属されたころには統括主任とスタッフとの間の板挟みになるようになりました。

 

22歳で店長をさせていただくことになり、自分よりも年上の人たちが部下になるわけです。

 

教育も自身で行っていく必要がありましたし、ほぼ私より年上の従業員になりましたしのですんなりいうことを聞いてくれるわけでもありません。

 

携帯ショップは代理店運営でしたので代理店となるおおもとは家族経営となる企業はほとんどです。

 

従業員の指導不足は主任だけではなく社長からもお叱りをダイレクトに受けますので従業員へのクレームも伝えていかなければいけませんでしたので本当にきつかったです。

 

一時期は円形脱毛ができるのではないか?と食事がのどを通らない時もありました。

 

退職を考えたことも多々ありましたが、逃げたくないの気持からどれだけしんどくてもまずは従業員の立場に立って従業員からの信頼を得て、従業員を味方につけることから始めることにしました。

 

1日2日でできることではないのでもちろん1年2年かけてしっかり取り組むようにしました。

 

従業員の気持ちはだれよりも一番に聞くようにして、1週間に1度は一人づつと必ず面談するようにしました。

 

そうすることで1年後には従業員からの信頼を得ることができましたし、私自身もスタッフと打ち解けることで楽しく仕事をすることができるようになりました。

 

仕事はしんどいものですし悩みもつきものですが頑張れば成果を得られる仕事でもあります。

 

あきらめて辞めてしまうことは簡単ですが、じっくり腰を据えて取り組むことも大切だということも学びましたしそれが私の場合は解決へとつながりました。

 

あなた自身の立場や地位がどの位置なのかにもよりますが本当に頑張りたい、将来を考えられる職場であるならばあきらめず向き合うことが大切だと思います。

 

どうしても解決に至らない!将来が見えないなどの理由があるようなら退職して次の道へ進むべきかもしれませんがどんな仕事でも山あり谷ありなのでその点を頭にしっかり入れておくといいかもしれませんね。

 

E【美容師アシスタント、26歳 入社2年目、女性】将来が不安で毎日きつかった

 

私は美容室で美容アシスタントとして新卒で入社して働いていました。

 

アシスタント業務は主にシャンプーやトリートメント、カラーやパーマのアシスタントやお客様の予約の受け取り、レジ打ちや美容室の掃除など雑務がほとんどです。

 

私は一人前の美容師になるため毎日美容師の技術を見て、アシスタントをしながら営業後はカットの練習をしていました。

 

しかし毎日残業や先輩からのお叱りなどが溜まりに溜まってきつくなっていきました。そして一番きつかったのが将来性が見えなかったことです。

 

仲間だったアシスタントはどんどん辞めていき、先輩アシスタントも3年頑張ったがダメだったと仕事を変えてしまいました。そんな周囲に私はとても不安が残り辞めてしまいたいと思いました。

 

この悩みは結果的にその美容室を辞めて他の美容室に転職をすることで解決することができました。

 

そこの美容室は有名だっただけに美容師になりたいアシスタントが詰まっており美容師になりにくい環境下だったことを他の美容室に転職をした先輩に教えてもらいました。

 

転職した美容室は小さな個人店でしたがとてもアットホームで私もアシスタントとして2年ほど頑張りカットもさせてもらえるようになりました。

 

相変わらず残業は多いですしオーナーに怒られることもありますが、毎日とても充実した日々を過ごせてます。

 

あんなに将来が不安できつかった気持ちも今では落ち着いて、将来は自分で今の店のような個人店を持ちたいという夢も持つことができるようになりました。あの時に転職をして良かったです。

 

もし私と同じで今の仕事や職場で将来に不安を感じてきついなと思うことがあれば今の仕事、職場を思い切って変えてしまうことが一番の解決策になることもあります。

 

どれだけ頑張ってみても、我慢をしても限界がある時はあります。自分の将来が全然見えない、または仕事や職場の将来が見えなくて不安だということもあるかもしれません。

 

その時はそこでずっと頑張るという選択肢もありますが転職や仕事自体を変えてみるということも選択肢に入れるべきです。

 

今の時代では転職や仕事を変えるということは普通になってきています。また転職サイトや専門職の講座など将来の幅を広げることも可能です。

 

もし転職に迷胃があるのならば実際に転職や仕事を変えた友人や知人の意見を取り入れてみることもいいです。

 

今の環境だけがゴールでは決してないということを頭に入れてあなたにベストな判断をしましょう。

 

F【プログラマー、22歳 新卒2年目、男性】長時間労働で体調不良になった

 

当時プログラマーをしていて、一番つらかったのは労働時間の長さと賃金への不満でした。

 

公的機関のシステム開発を担当していましたが、開発している期間はなかなか定時に退社することができません。

 

納期が近づいてくると追い込みなどで、普段より退社時間が遅くなります。

 

またシステムを納品していた公的機関は常に緊急性の高い業務を行っているところで、納品後もシステムエラーが発生した時の対策のため、夜遅くまで会社に残っていました。

 

毎朝、会社に出社するのが苦痛で朝食も喉を通りませんでした。

 

「今日は何時に帰れるのだろう」とそんなことばかり考えていました。ちょっとした鬱になっていたと思います。

 

残業代については毎月一定のみなし残業代が付くのみで、労働時間に全く見合っていませんでした。

 

労働した時間分の対価が貰えず、拘束される時間も長いこともあって会社を辞めようと少しずつ考えるようになりました。

 

2年ほどプログラム開発をしてストレスで不眠症になり、これではまずいと思い、会社を辞めることを決心しました。

 

現在は残業もほとんどない会社で仕事ができ、プライベートの時間も十分にあり、ストレスがなくなりました。

 

現在勤めている会社を辞めたいと考えている方は多くおられると思います。

 

仕事は続けなければキャリアを積むことはできません。逃げの転職もあまりいいとは思いません。

 

逃げ癖がついてしまうからです。理想を言えばキャリアアップによる転職ですが、ストレスや過労で体をこわしては元も子もありません。

 

どうしても体の不調がでるようであれば仕事を辞めて違う職場を探すのも一つの手ではあります。

 

まずは自分がなぜ辞めたいのかを頭の中で整理をし、自分がどのように仕事をしたいのかとういことをイメージしなければ転職は上手くはいきません。

 

勢いで会社を辞めずに今の自分の状況を冷静に分析して、仕事の取り組み方を見つめなおすことで、仕事の効率化を図り、状況が今よりも改善できないかということも考えてみる必要があると思います。

 

今の会社がブラック企業であれば悩む必要もなく辞めてもいいのではないでしょうか。

 

仕事を辞めると決めている方は、出来るだけ迅速にかつ丁寧に次の職場を探してください。

 

次の職場でのキャリアアップを考えれば、速いにこしたことはありません。

 

勤続年数によって昇給や退職金などにも影響が出てきますので、少しでも次の職場での勤続年数を伸ばすために、非常に大切なことです。

 

G【webコーダー、24歳 新卒2年目、女性】きつすぎて頑張っている意味を忘れかけた

 

私がお話するのは、キャンペーン等の企画・広告制作会社でweb制作を担当するコーダーとして従事した時のことです。

 

具体的にきついと思ったことは、主に

 

・タイトなスケジュール&納期厳守の為に、深夜残業や徹夜もしなければならなかったこと
・クライアントや代理店からの急な要望に応える為に、何度も修正作業が発生したこと
・バグが発生した際の、納期までに修正できなかったらどうしようというプレッシャー
・デザイナーが作成したデザイン通りにコーディングするという作業にやりがいを感じなくなってしまっていた

 

という、体力面と精神面の両方でした。

 

そもそも私は当時、web制作の知識がほとんど無く、やる気と興味をアピールしてポテンシャル採用してもらった立場でした。

 

この仕事をする為に地元の田舎から上京し、その意欲を買ってもらいました。

 

休日も出来るだけコーディング等のwebの勉強に励みながら平日は毎日終電近くまで残業、時には徹夜で作業しなければいけないという期間が続いていました。

 

ある時、難航した1つの案件の納品が終わった時、ふと力が抜けた私の頭によぎったのは、達成感ではなく、「どうしてここまで体力と精神力を削って仕事をしているんだろう・・・」という疑問でした。
元々、私は体力には自信がありましたし、メンタル面も割と器用に息抜きをしてやってきた方でしたが、睡眠不足には勝てませんでした。

 

そんな状態になってしまった私ですが、実は今も同じ会社で働いています。私がどうやって気持ちを立て直したかというと、まず最初に転職活動をしました。

 

私の場合は全く別の職種で仕事を探して実際に面接を受けました。「仕事のやりがい」より「ライフワーク・バランス」を重視しました。

 

実際に最終面接まで通った所もあったのですが、いざ転職するとなった時、上京して今の会社に入社した頃のことを思い出しました。

 

そして、「今辞めてしまったら上京した理由がなくなるし、まだ大して出来ることが増えていないじゃないか」と思い、転職を思いとどまりました。

 

そして次に、私は現状の問題で解決できることが無いか考えました。

 

その結果、「納期やスケジュールに関すること」は自分一人の力では解決できませんが、「やりがいがないこと」は、上司と社長に直談判し、部署異動をしてもらって解決することができました。

 

コーディング作業だけ行う部署から、デザインを行う部署に異動させてもらい、デザインの段階から関わることで、「1からモノを作っている」という実感をもって仕事に取り組むことができるようになりました。

 

体力的に大変なのは変わりませんが、気持ちに変化が出たことは大きいと思います。

 

今の仕事がきつくて辞めたいと思った皆さんも、まずは何が不満なのかをもう一度冷静に思い出してみてください。

 

そして、今の会社に居ながら解決する方法が無いかどうかを考えてみてください。私の場合は、転職活動中に「広告を制作するという仕事をどうしてもやってみたかった」という気持ちを思い出した為、もう一度今の会社で頑張ることが出来ています。

 

ただ、身体を壊してしまっていたり精神的に壊れそうになってしまっている場合は、一刻も早く退職または転職するべきです。健康より大切な仕事は無いと私は思っています。

 

自分から行動を起こすことは、人の目が気になったり勇気が要ることですが、現状を変えたいと思っている方は、少しだけ勇気を出してみてください!

 

H【技術職、26歳、男性】労働環境に耐えきれず同業他社へ転職しました

 

私はクリーニング店等へ向けクリーニング機械(業務用洗濯機・乾燥機等)の修理の業務をしていました。

 

イメージしやすいのはコインランドリーに置いてある機械でしょう。

 

その他クリーニング店ではワイシャツ等をプレス成型する為の機械、エアーコンプレッサー、包装する為の機械等、様々な機械の修理や入替工事を行っていました。

 

工事に付随する重量物(機械)の搬出入、配管や保温工事、電気工事、場合によっては大工の様な事も行っていました。

 

工事施工に伴う知識や技術、修理するには電気回路の知識、機械に使われている部品・機構等覚える事は非常に多く、日々勉強していました。

 

覚える事が山積みでやりがいもあり、私は自己成長にも繋がるので良い事とも思っていました。

 

ただそのせいか人が定着せず、人で不足な業界でもありました。

 

クリーニング店の機械入替等は工場の休日である土日祝日等に行う事が大半です。

 

人手不足という事もあり、休日出勤し工事の施工が出来る人材も少ない為、土曜日や祝日はほぼ出勤、日曜日も月に3回休めれば良い方でした。(年末年始等はありました)

 

私は1番少なかった時で年間60日程度しか休んでいなかったでしょう。

 

修理業務は工場が終わった5時以降の作業が多い為、会社に戻る時間も遅く残業も毎日4時間程度。

 

いわゆるブラック企業で社畜と呼ばれる状態でした。

 

ひたすら仕事をしては家に帰り夕飯(夜10時頃)を食べ風呂に入り寝る、毎日がその様な生活でした。

 

不規則な食生活から胃や十二指腸がやられ、運転等も多いせいか前立腺炎になり血尿が出る等、次第に体に異変が表れ始めました。

 

『この生活をずっと続けていたら体がおかしくなる』そう思い、私は最終的に退社と言う決断をしました。

 

仕事自体が嫌になった訳ではありませんでした。

 

ただ体の為も理由の一つでしたが、当時結婚を考えた相手がおりこのままこの仕事を続けていて家族との時間を取れるのだろうか等将来を見据えた事も考えた結果でした。

 

当然会社からは辞めないで欲しい等良い条件も出されましたが、私は将来を考えるなら早い内に転職し少しでも次の会社で実績を上げていきたいと考え退社の意思を曲げませんでした。

 

退社後次の職探しをしましたが、中々条件に合う企業が見つからず見つかっても書類選考で落されたり等、次の就職先を見つけられずにいました。

 

そんな中前職のお客さんから『良い所を紹介してやる』と言われ面接に行きました。

 

その企業は同業他社でした。(現在は勤めています)

 

『同業種ではまた同じ思いをするのではないか』と思いながら話を聞いていると、休みは有休を消化する為リフレッシュ休暇を社員に取って貰っている、振休の取得率は100%である等、私は同業種でもしっかりしている企業もあるのだと驚きました。

 

またメンテナンス等技術職の辞任が不足しているとの事で私を欲しがってくれました。

 

結果としてその企業へ入社し十分な実績も上げる事が出来、昇給やボーナスもしっかりと貰える様になり無事に結婚する事が出来ました。

 

同業界だからといって労働条件が他社も同じと考えていましたが、それぞれの企業としての個性もあります。

 

悩んでばかりいないで早く行動に移しておけば、もっと早く実績を上げ会社からも認められる結婚も出来たかなと思います。

 

何か行動を起こさなければ現状から改善されることは無いでしょう。同業他社への転職も視野に入れた行動も良いと思います。

 

I【宝石店営業、25歳 新卒3年目、女性】休みが無くてストレスで限界でした

 

とにかく、休みが少なく、基本は月曜日から土曜日までが仕事。仕事が、店舗での販売なので、忙しい時期になると、休みが月に2日しかない上に、夜中まで残業。

 

有休は一応ありますが、取りにくい雰囲気。そして、休みなく働いても代休など一切ないのです。

 

しかも、お昼休憩は一応ありますが、店舗なのでお客様が来たらご飯を中断して接客しなくてはいけません。ひどい日は、ご飯もまともに食べられずに働くのです。

 

そのくせ、社長夫婦は毎日遊んでいる。そういった最低な環境で働いていました。ストレスが溜まり、精神的にも限界が来ていました。

 

これまで、遠慮ばかりしていたのです。きちんと有休があるのだから我慢せずにればいいのだと思うようになりました。

 

しかし、1人だけそうするのも勇気がいります。そこで、同僚と話しあい、みんなで順番で取ろう。と、結束したのです。みんなと話をすると、やはり、みんな私と同じ考えでした。

 

みんな有休を取りたくても取れない状態だったのです。みんなで、各自の予定を出して店に迷惑をかけることがないように別々に休みの日を決め、みんなで一斉に有休願いを出しました。

 

みんなで一斉に出すのがポイント。1人だけで出すと結局、裏切られて振り向いたら有休願いを出したのが自分だけ。と、いった最悪な事態が起こりうるのです。

 

しかし、全員で出すとその心配がありません。その上、会社も認めざるを得ません。

 

そして、実際に出してみると、社長はあっさりと認めてくれました。そうなんです。私たちが勝手に「有休を取れない」と、思っていただけなのでした。会社側は、別に仕事に、差し支えがなければ取ってもよかったのです。

 

日本人あるあるで、「人と同じじゃないと不安になる」なのでした。みんな、誰もが休みを取らないから自分も取らない。それが、自分で自分を追い詰めていたのです。

 

代休でもそうだったのです。「代休を取らせてください」と、言えばすぐに叶ったのです。遠慮ばかりしていてはダメなのだと、やっと気がつきました。

 

何も行動を起こさなくて辞めてしまうのではなく、一度、ダメ元で行動を起こしてみたらどうでしょうか?

 

そして、1人で悩まず、同僚に相談。そうすると、苦しいのは自分だけではない。と、分かるのです。そして、お互い相談しあっているといいアイデアも沸いてきます。

 

どこに行っても楽な仕事などありません。今いる場所でより改善されるようにしてみるのが第一なのではないでしょうか?

 

すぐに退社を考えるのではなく、それでもダメだった場合になってからでもいいのではないかと私は思います。