仕事を辞めるタイミングで悩んでいる・・・。経験者はいつ辞める決断をした?

 

みんなの体験談

 

 

@【接客業・販売、24歳 新卒3年目、女性】体が悲鳴を上げて辞める決断をした

 

自分は接客の仕事でお土産販売をしていて、勤務時間は不規則で休日も不定期でした。

 

仕事が始まってみると、研修段階で覚えることが山ほどありそれに加えて接客のスキルがかなり高いものを教えられるので自分にできるかな、という不安がありつつも勤務が始まりました。

 

基本的なレジ操作、笑顔、商品の包装などは別として、店内にいるお客様をしっかりと見て何か困っていることはないか、探しているものはないかなど、普通の接客以上のことをいつもする必要がありました。

 

また、外国人のお客様もよく訪れていたのですが、こちらが英語を話せても相手は母国語以外話せない、伝わらないなどということもあり、語学の壁の衝突もありました。

 

そして勤務の時間が深夜、まだ電車が走っていないほどの早朝、遅番からの寝る暇もなくすぐ早番など、睡眠時間がほぼとれず休めないという勤務も続き、頭では何も感じていなくても体には負担がかかっていたようで勤務中何度か倒れることがあり、自分は何でこの仕事をやっているのだろうと考え始めた時に、退職を意識するようになりました。

 

もともと退職する3か月前には申し出ることという決まりは知っていたため、次の日からもう辞めますということは考えていませんでした。

 

むしろ頭では大丈夫だと思っていても体だけが悲鳴を上げているだけだったのでどうにか健康に気をつければ改善できると思い退職することを迷っていましたが、倒れる回数や業務上のストレスなど総合的に考えた結果退職を決めました。

 

自分の場合は職場の仲間に相談するということは一切せずに直属の上司にだけ直接、これからの勤務に関して相談したいことがあります。と言って話を切り出しました。

 

ちょうどその時が退職する約3か月前です。

 

そして上司の方に時間を作っていただき、相談するというよりはもう最初に結論から言ってしまった方が相手もその後の話を聞きやすくなると思い、実は退職についてお話したいことがあります。

 

と言ってからこれまでのことを話始め、もちろん多少相手からの説得は入りますが意思が固まっているためはそのまま考えは変わらないということを伝え承諾を頂き、退職に至りました。

 

よく自分の周りにも、仕事がつらいだとか本当はこの仕事じゃなくて別な仕事がやりたいだとか、やめたいけど勇気がなくて言い出せないだとか、こういう方がたくさんいます。

 

タイミングは、自分次第です。職場の方々に迷惑がかかるとか、またはお店全体に迷惑がかかるなどという心配をしていたら一生その仕事から離れられないでしょう。

 

もし、今やっている仕事の他にやりたい仕事があるならなおさら、早く行動すべきです。確かに周りを気遣ってやめるタイミングを見計らうのはとても親切な心遣いだとは思います。

 

しかしもう少し積極的に、言わば自分勝手になってみても良いのではないでしょうか。

 

仮にあなたが退職したとしても、次に新しい人は入ってきて業務は回ります。次の人に仕事が受け継がれるまでの何ヶ月間か勤めればもうそれであなたの役目は十分なのです。

 

迷惑がかかる、勇気がでない、そう思っている人はあなた以外にもたくさんいます。人生一度きりということを思い出し、今一歩踏み出してみることでこれからまた新しいことに挑戦してみてください。

 

A【求人広告会社、27歳 入社4年目 、女性】上司が変わったことで辞める決断をしました

 

私はそこそこ大手の求人広告会社で企画職として働いていました。

 

企画職は求人のための色々なプランの開発やキャンペーンを開発する部署で同業他社に負けないキャンペーンや実際に使ってくれるクライアントに魅力的な商品を作るために毎日頑張っていました。

 

私が退職を決断した理由は私の部署の上司が変わったことでした。以前は同じ女性で昔からお世話になっていた上司でした。

 

後輩の面倒も良く、常に面白い企画を考えたり、チームワークを大事にする上司で周りからの信頼も厚かったのですが、出産を機に会社を辞めて上司が変わってしまいました。

 

その上司は確かに知識も豊富で仕事もできたのですが女性差別がとてもひどい上司で私も毎日イビられたり、軽いセクハラを受けることが多くなりました。

 

私は一気に仕事が面白くなくなり退職を決意しました。

 

辞めるタイミングはとても難しかったです。信頼のあった上司の退職もあったし私もリーダーをしていたので辞めると後輩や同期にとても迷惑をかけてしまうこともわかっていました。

 

しかし毎日上司との喧嘩のような意見の言い合いやセクハラパワハラには耐えかねるものがあり、やはり辞めたいと毎日思うようになりました。

 

辞めることを決断したキッカケは私が過労で倒れたことでした。上司に変わって残業を毎日して睡眠も削られていく中ついに体がついていけずに倒れてしまったのです。

 

私は1週間休みをもらい、その流れで辞めることを上司にも同期や後輩にも伝えました。

 

このことがキッカケでパワハラ上司も部署の異動が命じられて、私は残って欲しいと言われましたが違う会社で新しい一歩を踏み出したいと思い退職をしました。

 

私のように辞めたくても辞めることができない地位にいたり、辞めることを言い出せる環境ではなくてなかなか辞めることができないこともあるかと思います。

 

しかしどこかで勇気を持って辞めます、という決意をしないと私みたいに過労で倒れてしまうこともあるので注意が必要です。

 

今回は私は過労がキッカケで辞めることができましたが、できれば辞めることを相談できる上司や同期に相談をして、タイミングを作っていきましょう。

 

まずは誰かに相談をすることが辞める第一歩だと思います。決して自分一人で背負いこまないようにしてください。辞めるタイミングは待っていても絶対に来ません。

 

まずは自分でキッカケを作ることが大事です。転職活動をしてみたりして行動をしてみるのもいいでしょう。自分の納得がいく人生にするためにも頑張りましょう。

 

B【メーカー営業職、25歳 新卒3年目、女性】「このままだと自分が潰れる」と思い辞める決断をしました

 

雑貨メーカーで営業職をしていました。社内で新発売する商品を問屋さんに入れてもらいお店で展開してもらうために外回りの日々。お店に顔を出して仲良くなることも大事なので、棚卸など本来業務とは関係ないところにも顔を出さないといけません。

 

中には、お店が終わる20時から棚卸開始、などというところも。そうでなくても外回りでくたくたになって会社に戻り、その後FAXなどできている発注をパソコンに入力、欠品が出た時のクレーム対応、業務課などとの社内連携…小さな会社だったので「すべて自分で」こなさなければなりません。

 

毎日12時間近く会社にいました。「平日働いて目標値に達しなければ土曜日も働け。土曜日働いても達しなければ日曜日も働いたらいい」という社風だったため土曜日も出勤、「土曜は電話がかかってこないから仕事しやすくていいな」なんて思っていました。完全におかしかった。

 

2年目くらいから、体調がすぐれなくなりました。いつも胃が痛い。常に胃に手をあてていたような記憶があります。

 

ちょうど上司も胃潰瘍持ちで、「それは胃炎だよ、病院へ行ったほうがいいよ」とアドバイスを受け、24歳の時初めて胃カメラをのみました。胃炎でした。

 

それでも「もっと頑張らなければ、もっと売らなければ」と思っていました。

 

要領のいい先輩は「企画部が新商品作って、俺たち営業部は作った商品をお店へ並べるだけ。売れるかどうかは企画部のだすモノ次第なんだから、俺たちは一度店頭に並ばせさえすればいいんだよ」など言っていましたが、真面目だった私は「自分がいけないから売れないんだ」とさえ思っていました。

 

そうこうしているうちに一人、また一人と辞めていく…。残された私たちは辞めた人の分の得意先まで回らねばならず、ますます体調が悪くなったのでした。

 

ある時、胃潰瘍持ちの上司が飲みに誘ってくれました。同じ年頃の子を持つその上司は、胃薬が手放せない状態の私を見ていられなかったのだと思います。

 

そこで、「自分がこんなこと言ったって内緒にしていてほしいんだけど、『この会社を辞める』ってことを選択肢に入れてもいいんじゃないか?」と言われました。

 

自分にも娘がいる、娘が同じ状態だったら俺だったら絶対に辞めさせるね、と。

 

その一言がきっかけとなりました。今まで自分で「辞めたいけど辞めたいって言ったら怒られるだろうか」とか、周りのことを気にしていたけれど、周りから見ても「辞めるといっていい」レベルまできていたのだと。ようやく解放された、そんな感じでした。自分が潰れる一歩手前だったと思います。

 

それから一週間ほど後、ちょうど部長と同行する機会があったので「辞めたい」と伝えました。説得もされましたが、上司から言われたことで気持ちは固まっていました。

 

退職願を出し、そこから一月は淡々と過ぎていきました。きっと辞める人があまりにも多く会社も気に留めていられなかったのだと思います。特に嫌がらせもありませんでした。みんな忙しすぎて。

 

「辛い」と思っても、「自分が悪い」「自分に(何かが)足りない」と思うような真面目な人ほど頑張りすぎてしまうのだと思います。

 

ただ、今ある環境だけが全てではない。辛い状況だと下ばかり見て前(別の世界)が見えない。私がそうでした。

 

私も、同じ会社で働いていた人たちも働いていた当時はその会社が普通と思っていましたが(だから怖いんですよね、)立派な「ブラック企業」でした。

 

若いうちに辞めてよかったし、逆に残っていたら今頃生きていなかったかもしれません。「辞めたい」と思うときは誰でもあると思うのですが、それが3か月続くようならそれは辞めるべき時なのではないかと思います。

 

C【金融窓口、35歳、女性】両親が子供の面倒をみれなくなった事がきっかけで辞める決断をしました

 

もともと、仕事と子育ての両立が難しいと考え、両親と同居し、両親に子育ての手伝いをお願いして、仕事勤めしておりました。

 

子供と向き合う時間があまりなく、私が帰ってきても泣かれてしまい、両親が抱くと泣き止むような生活に嫌気が差していました。

 

そんな中、元気だった祖母が急に病で倒れ、寝たきりになってしまいました。両親は、祖母の介護のため、私の子供の面倒をお願いすることができなくなりました。

 

もともと仕事を辞めようと思っていたのですが、なかなか踏ん切りがつかなかったのが、これを機に思い切って辞めることにしました。

 

辞めるタイミング、非常に考えました。気持ちは辞めると決めていても、職場になかなか言いだせませんでした。どう自分の仕事を引き継ぐべきなのか、辞めた後、残務処理を誰にお願いすべきなのか、色々考えると言いだせません。

 

まずは、一ヶ月かけて、引継書をこっそり作りました。自分の後輩に、「私が異動したら次はあなたがやる仕事だから、教えておくね。」と言いながら、仕事を教えつつ引き継ぎをしていきました。

 

ある程度後輩が仕事を覚えていくのを確認し、子供の面倒をみてもらえなくなった大変さを、休み時間等に話すように心がけました。

 

皆に、同情してもらいながら、大変さを分かってもらえるような状況を作り、「色々頑張ってみましたが、子育てと仕事の両立が難しく、皆さんに迷惑をかける前に、辞めます。大変申し訳ありませんが、来月末で辞めます。」と、朝礼で、皆から引き止められないように言い切りました。

 

後の仕事のことを考えたり、残される方の大変さを考えると、なかなか仕事を辞めますとは、言いづらいものだと思います。しかし、自分が無理できるのも限界があります。

 

ですから、辞める準備をまずは、することが大切です。自分が辞めて周りに迷惑が最小限で済むように、自分ができることを最大限やっておく必要があると思います。

 

辞めるからと、言いながら引き継ぐと印象が悪く、影で言われる可能性が高くなるため、誰でも仕事ができるようにしましょうと提案して、引き継ぐことも良いでしょう。

 

後輩育成という名目で引き継ぐことも良いでしょう。紙ベースや、データベースで引き継ぎ書を作っておくことも大切です。

 

自分がいなくなった時、聞いていないと愚痴られるのが、わたしは嫌だったので、ちゃんと紙ベースで引継書を作成し、分からない時は、これを見てくださいと置いてきました。

 

そして、あとは、自分の強い意志が大切です。辞めようと思います。という、優柔不断な言い方は、引き止められます。

 

いついつで、わたしは辞めますので、よろしくお願いします。と、言い切る形で伝えるのが良いと思います。

 

勇気のいることですが、優柔不断な言い方では、辞めるのを引き止めれるかもしれないという期待を持たせてしまいます。そこは、きっぱりと、決意を見せることで、去り際を綺麗に進めることをお勧めします。

 

D【医療職、28歳 4年目、女性】自分の時間が欲しくて退職を決意しました

 

私は4年間病院勤務しており、国家資格を有する医療従事者として勤務していました。勤務時間は8:30〜17:00ですが、実際は7:30頃には勤め先に行き、帰宅時間は20:00を超えます。

 

私が退職を意識するようになったのは、残業手当がつかないことと、プライベート時間が持てなかったからです。

 

私の勤め先では、どれだけ仕事に時間を要しても、残業代をあまりつけないように言われており、仕事時間と給料の割合が見合っていませんでした。

 

また医療職という事もあり、病院が主催する勉強会には強制的に参加を命じられました。

 

勉強会は、スタッフの勤務時間が終えた17:30頃から始まるため、勉強会が終わった後に、自身の残業を行わないといけません。

 

多い時には週に4回程勉強会があるため、仕事終わりにプライベート時間を取ることが出来ませんでした。その2点が退職するきっかけとなりました。

 

入職から3年目を過ぎた頃に辞める決意をしましたが、石の上にも3年という言葉があるように、3年は同じ職場で働こうと思っていました。

 

新人も入ってくるので、年度が変わる3月末を目途に私は退職を考えていました。

 

退職する一年前には上司に報告しようと思っていたのですがなかなか言い出せず、次の採用もあるので半年前には上司に報告し、新人採用の枠を増やしてもらいました。

 

上司には4年間かけて育てた子が退職することは、とても惜しいことだと言われ引き止められましたが、上司の言葉を押し切って退職したいと申し出ました。

 

上司から4月から入ってくる新人に、新人指導をして欲しいとお願いされたので、有休を使い5月の半ばまで勤務していました。

 

私は退職した結果、現在は働く時間を短くしてプライベートの時間が持てるようになりました。辞めたいとなかなか言い出せずにいましたが、退職願いを出して本当に良かったと思います。

 

私は退職するにあたり、次の採用がある時期や、新人が入ってくる時期を考慮して上司に申し出ました。会社によって新人採用の時期や、会社の方針は異なると思いますが、そういった時期を目途に退職するのが会社側としても有り難いのでは無いかと思います。

 

また退職を申し出た時に、大半の人は止められることが多いと思います。その時に本当に辞めたいのなら、絶対に引いてはいけません。上

 

司に退職希望を伝える前に、何故辞めたいのかを考えておくと良いでしょう。きちんと辞めたい理由を述べる事が出来たら、相手側も理解してくれるはずです。

 

仕事を辞めたいと思っている方、勇気を出して次の環境に進みませんか?

 

E【設計、31歳、男性】会社への不信感から退職を決意しました

 

私は設計業務に携わり、主任を務めておりました。業務は忙しく、時に日付が変わるほど仕事をしたり、休日に出勤することもありました。

 

しかし、やりがいはあり、また信頼できる同僚にも恵まれていたため、仕事自体は充実していました。

 

しかし、その忙しさに見合った評価を会社からされないことと、思うように受注がとれない中で会社が今後の保身を具体的に打ち出せず、現状に甘んじるような姿勢に、次第に会社へ対する不満が募っていきました。

 

不満が溜まっている背景として、忙しさのわりに給与が決してよくはないこと(もちろん、サービス残業も多くありました)も背景としてあったと思います。

 

そんな中、会社からの賞与の金額に発表がありました。当時、急激に円安が進んだこともあり、会社が多くの利益を得ていることは会社内では周知の事実でした。

 

そのため、社内では賞与の額について、楽観的な風潮が漂っていました。会社に対して頂いていた不満も、それに見合う賞与が出れば多少和らぐ面もあったと思います。

 

しかし、実際に発表された賞与の金額は、去年よりもかなり減らされていました。また、それだけでなく、受注が厳しい現状を反映して、年間の休日数も減らす通達もともに行われました。

 

私はその発表に対し、激しい憤りを感じ、離職を決意しました。会社が得た利益をきつい思いをして我慢している社員へ還元せず、明確な経営方針も打ち出せないのに苦境のしわ寄せを社員へ強いる会社に対して、完全に信頼を失ってしまったのです。

 

その後、会社へ勤めながら転職活動を行い、無事次の就職先を決めました。元の会社よりも大きな会社で、給与や福利厚生も大幅にアップする条件です。

 

元の会社へ辞職を告げたのは、会社を辞める2か月ほど前です。上司、同僚からは必死に止められましたが、最後は私の考えに賛同してもらえました。上司、同僚も、私が感じている会社への不満を、同じように抱えていたからです。

 

私は、上司、同僚に対しては強い信頼を感じていましたから、やめることを告げることは辛く、身を切るような思いを感じました。

 

しかし、それでも会社を辞めることは間違いではないと思いましたし、実際に現在も後悔はしていません。

 

もし今、仕事を辞めるかどうかを悩んでいる人がいるとすれば、私に言えることは仕事が嫌だから辞める、ということはしないほうが良いということです。

 

実際、私は仕事自体は嫌ではなかったので、同種の仕事に転職したあとでも、スムーズに仕事ができています。

 

もし仕事が嫌でやめていたら、きっと次の職場でもうまく行かず、より状況が悪化していたと思います。

 

転職は、逃げるのではなく、自分の人生をよりよくするために行うものだと思います。

 

限られた人生の中で、よりよい人生にするために、真剣に考えてみてください。

 

F【 市役所、42歳 17年目 、女性】上司からパワハラを受け、退職を決断しました

 

私は、大学を卒業してから、親の強いすすめで市役所に就職しました。当時、特にやりたい仕事も見つからず、「市役所なら安定しているから良いのかも」と、漠然とした気持ちで就職しました。

 

私がした仕事の内容は、一般行政職の主事という職種で、いわゆる事務職でした。

 

3年から5年に1度、異動がありましたので、ずっと、同じ仕事内容というわけにはいきませんでしたが、子供の福祉に関わる仕事や、住民票や、 印鑑証明、外国人登録済証明書の発行業務、保健所の健康診断に携わる仕事、 たばこ税や、所得証明書の発行など税金に関わる仕事など、 様々な市の行政に関わる仕事をしていました。

 

中でも、外国人登録済証明書に関わる仕事は、とてもハードで、1人で、毎日10時まで仕事をする日々が1年間続きました。その時は、精神的なストレスがすごくありました。

 

その頃から、私は、ストレスで、体調を崩しがちになりました。突然、喉が腫れて、高熱を出したり、めまいが襲ったりするようになったのです。

 

その時ぐらいから、私は、だんだんと「この仕事続けてたら、私の体調は良くならない。 仕事を辞めたい」と思うようになりました。 

 

とりあえず、体調が悪い時は、診断書を提出して、仕事を休み、家で療養していました。 もちろん、病院にも定期的に通院し、薬をもらいながら、医師のアドバイスに従っていました。

 

そんな私に、教育委員会の異動辞令が出ました。

 

教育委員会での仕事は、特にハードと他の同僚達から聞いていたので、辞令が出た時、私は正直、とてもショックで、目の前が真っ白になりました。 「なぜ、体の弱い私が仕事のハードな部署に異動になったのか」 全く納得がいきませんでしたが、 どんなことがあっても、辞令には従わなければいけないのが、サラリーマンの悲しい宿命でした。

 

異動になって、2ヶ月目、慣れない仕事で、毎日2時間ぐらいの残業を続ける毎日でした。

 

すると、やはり、またしても、私は体調を崩してしまいました。

 

私は、また、診断書を出して、5ヶ月間仕事を休みました。そんなある日、上司から電話がかかってきて、 「話があるからちょっと出て来てもらえないか?」 と言われました。

 

言われた通り、職場に行ってみると、私は、普段足を踏み入れたことのない部長室に呼ばれました。そこには、課長や 部長など、管理職の上司が、5人いらっしゃいました。 そこで、私は、衝撃の言葉を言われたのです。

 

「あなたは、病気でもう仕事ができないのではないですか? 今すぐに復職するか、 仕事を辞めるかどちらかを選択してください。あなたに猶予はありません」と部長は、私に言いました。

 

さらに、上司は、私が通院している病院の医師に、これ以上を診断書を延長しないように、話を持ちかけていたのです。私は、突然の上司からのパワハラにショックを受けました。

 

1週間悩んだ末、もし、今後、病気をしても診断書を出して休むことができないことから、「もう仕事を続けていく自信はない」と思い、私は、思い切って、仕事を辞めることを決めました。

 

問題は、次の仕事どうするかでしたが、私は幸いにも、生まれつき体に障害があり、障害年金を受給していたので、仕事を休んでいる間に、年金だけで生活できるよう住居探すなどの準備を進めていました。

 

そのこともあって、仕事を辞める決断ができました。

 

これから仕事を辞めようと思っている人に、私がアドバイスできることは、仕事を辞めたいと思ったら、ハローワークなどに行って、次の仕事の目処をつけておいてから、辞めるようにすることです。

 

私の場合は、市役所に勤務していたので、失業保険が受け取れませんでしたが、普通の会社ですと、最低でも、3ヶ月ぐらいは、失業保険が受け取れますので、その期間に、次の仕事先を見つけておくことが、とても大切です。

 

そうすることで、仕事を辞める際に、これからの生活設計をどうすれば良いか?悩んで、二の足を踏むことが少なくなります。

 

もうひとつ大切なことは、上司から理不尽なパワハラを受けた場合、早めに、労働組合や、弁護士さんにその事を相談してみるのが良いです。

 

私は、復職する気がなかったので、弁護士さんに相談はしませんでしたが、復職したい方の場合は、1人でパワハラに立ち向かうのは難しいので、労働者の味方になってくれる人を見つけて、その人に相談してみるのが良いと思います。

 

G【看護職、22歳 2年目、女性】友人の働く姿がきっかけで辞める決断をした

 

私の仕事はいわゆる看護助手というやつで、ドクターについて患者さんのお世話をしたりする職業でした。もともと介護や看護が好きでお年寄りの相手をするのも好きだった為、仕事内容自体はとても楽しくやりがいのある仕事でした。

 

けれど職場は女社会。狭い病院の中で派閥があり、また看護助手という立場の為看護師からのあたりが強いことに気づいたのは、そう遅くはありませんでした。

 

それでも嫌でなかったのは、仕事が好きだったからです。ずっと続けたいと思っていましたし、女の陰湿ないじめも耐えていました。

 

けれど半年ほど過ぎた後でしょうか。毎日帰っては業務外のパソコン作業もし、病院へ行っては仕事を押し付けられお菓子を食べながらくつろぐ看護師を横目に必死で働き…一人昼ごはんを食べられない日なんてザラでしたし、昼休みなんてあってないようなものです。

 

絶対に私がそこにいない時間に起きたミスも押し付けられ、叱られ…そんな日々を過ごしているうちに、毎日眠れない日が続くようになりました。

 

寝ても職場の夢を見る日々が続き、いつしかどうしたら職場を辞められるだろうとそればかり考えるようになりました。

 

そんな日々の合間に、友人と遊んだ日がありました。なんだか疲れているねと言われたので、実は…と職場の話をすると友人の表情が一転。そんなのやめた方がいいよ!と。

 

それから友人の職場の待遇をききました。昼飯がちゃんと食べられる、ミスを押し付けられない、休日はちゃんと休ませてくれる、職場の人と遊んだりもする、残業代はきちんと出る…。そんな当たり前かもしれない話を聞いて、自分は何をしているんだろうと思いました。

 

それが辞める決意になったのです。一人だけだと気づけなかったことでした。それから実際に辞めるまでは早く、もう辞めたいと伝えてからは何回も引き留められ引き延ばされたりもしました。

 

そんな中私が行ったのは、「何でも一人でやれるような完璧な人間になる」ことです。私がいなくなって困ると見返してやろう!と思ったのです。その強い気持ちがあってこそ、辞めるまで続いたんだと思います。最後はなんの後悔もなく、すっきりした気持ちで辞められました。

 

私が今辞めようか、でも…と悩んでいる方におすすめしたいのは、ぜひ「友達の職場の話を聞く」ことです。どんな些細なことでも構いません。友達が楽しそうに働いているその様子を聞くことです。

 

自分がどういう状況におかれているにせよ、職場にいるときは「自分がいないとこの職場が…」と思って辞められないものです。

 

そういう時はとにかく自分が置かれている状況を再確認できるような話を聞きましょう。一度きりの人生です、絶対にもっと楽しく働ける場所があるはずなのです。

 

そう思えたらはやめはやめのタイミングをおすすめします。今は失業手当などで少し次の職場を探す猶予だってあります。

 

私はストレスの後遺症で今、不眠治療を受けています。自分の体が第一だと言い聞かせて、なるべく早めに抜け出してください。

 

H【建設営業職、30歳 入社10年、女性】いじめが原因で辞めたい気持ちがふくらみましたが、最終的には乗り越え、寿退社しました

 

はじめは、勤めていた会社での転勤で新しい配属になった時です。今まで設計・開発系の部門に属していたのですが、営業への配属を命じられたのです。

 

当時、営業の経験は全くなく、女性の少ない職場だったこともあり、会社内では非常に珍しい人事となりました。しばらくは仕事を覚えることに一生懸命でした。

 

ある時、ちょっとしたトラブルから、私はミスの責任を負うことになり、それが同僚の一人の気に障ったのか、私をいじめの標的にするようになりました。相手は立場も上で、しかもそのグループを仕切っているような男性社員です。

 

彼は、聞こえるような大きな声で、すぐに私と分かるような内容のことで誹謗中傷したり、グループ内の男性社員たちをひきつれて直接的に私のことを無視したりと、とても大の男のやることとはおよそ思えないようなことを繰り返しました。

 

毎日そんな日が続くと、何食わぬ顔で過ごしていてもやはりボディブローのようにじわじわと私を苦しめるものです。どんどん気持ちは落ち込み、朝を迎えるのが極度に嫌になりました。

 

会社になんて行きたくない、あの人がいなければいいのに。今日会社に行ったら状況が一変していて、何もなかったことになっていたらいいのに。と夢におもうようになり、いよいよ限界は近づいていきました。「会社を辞めたい」としか考えられなくなりました。

 

しかし、私の性格がそれを邪魔しました。基本、負けん気が強く、思ったことは相手がだれであろうと意見を言うタイプです。ここで辞めるのは簡単だけど、それじゃあ私は何も悪くないのに、まるで負けたみたいになる。

 

相手の思うつぼになってたまるか。絶対にこのタイミングでは辞めない。誰かに陰で操作されたタイミングでの退職なんてまっぴらごめんだ。もっと私のタイミングで、気持ちよくやめてやる。と思い直したのです。

 

私が思い直してからというもの、相手も、暖簾に腕押し、糠に釘と気づいてきたのか、嫌がらせは少しずつおさまっていきました。

 

もともとが理不尽ないじめです、周囲の人たちが徐々に離れていったというのもあるのかもしれません。もともと、その人以外は誰も私にいやがらせなどするつもりもなかったのでしょうから。

 

それから3年ほどして、部署も配属も、メンバーも、ちりぢりバラバラですが、最終的には私は、寿退社という形で、身をひくことになりました。あの時、尻尾をまいて逃げるようなまねをしなくて本当に良かったと思います。

 

とてもすがすがしく、むしろ会社に未練があるくらい、会社を愛して引退できました。

 

感情的に、すぐやめることを決意するのは簡単ですが、一度客観的に見つめなおしてみると良策がみつかるかもしれません。

 

I【イベントの企画制作、運営業 20歳 新卒1年目、女性】周りの人からのからかいがきっかけで退職を決意しました

 

社内も男性ばかり、周りの協力会社も男性ばかりで女性は自分だけという環境で仕事をしていました。

 

イベント関係の仕事をしていたので、前日までは男性社員と一緒に設営をしたり、関係書類を作成しました。打ち合わせもありました。イベント当日は運営や進行業務、撤去作業をしました。

 

一社員として行動するので、女性だからという特別扱いはなく、男性と同様に力仕事も積極的に行いました。私以外が中年のおじさま方ばっかりだったので可愛がりの意味もあるのか、いじられる場面がとても多くありました。最初は笑顔で交わしていましたが、だんだんとからかいがエスカレートしていきました。

 

仕事以外の、身体のことや名前のこと、家族や地元のことを悪く言われるようになり、精神的にも病んできてしまい、退職しようと決意しました。

 

新卒入社ということでまだ辞めるのは早いかと思いましたが、入社して約3か月目のある日に突然部長に話をしました。部長はとても驚いて引き止められましたが、私も辞める決意が固かったので自分の気持ちをしっかりと伝えました。

 

小さい会社だったので翌日には社長の耳に伝わり、そのまま3か月いっぱいで退職することが決まりました。話をしてから退職日まで3週間近くありましたが、社長からは一切相手にされなくなりました。挨拶をしても無視される、用件は全て部長にのみ話すなど、態度を一変されてしまいました。

 

最終日は社長が出張で不在、部長は午後から会議があり、事務の方に書類を書いてもらい、会社の鍵を返して帰りました。

 

仕事を辞めたいと思うことはたくさんあると思います。私は、辞めたければ辞めるという道も正しいと思います。頑張れれば頑張ればいいし、耐えられなかったり精神的に苦しいならその仕事にしがみつく必要はないはずです。

 

世の中には仕事が溢れるようにあるし、もしかしたら今の仕事は自分には合ってないのかもしれません。相談することも大切だけど、きっと自分なりに答えは決まっていると思うので自分で決めた道を進むのが1番です。身体が第一だからそこは自分で身を守ってほしいです。

 

しかし、転職活動もなかなか根気のいる作業です。私は新卒入社で数ヶ月で辞めたこともあり、なかなか次の仕事が見つかりませんでした。精神的にも経済的にも不安定な時期が長く、毎日が不安でした。

 

働くということは大変だし嫌なことも多いけど生きていくためには必要なことです。頑張らずに頑張って働いて生きてもらいたいです。