仕事が憂鬱で辞めたい・・・。経験者はどう対処した?

 

みんなの体験談

 

 

@【企画営業職、25歳 入社4年目、男性】時間がいくらあっても足りなかった

 

私が企画の営業職をしていた時に憂鬱だったのが、仕事が終わる時間が遅いということでした。

 

仕事で企画を担当すると、相手が納得が行くまで仕事をしなければなりません。しかも担当する人数が少なかったこともあり、普通に企画が始まると一人当たりの仕事内容が多いので大変でした。

 

毎日朝早くから出勤をし、時には終電近くになることもありました。もちろん毎日ではありませんが、企画を立ち上げるとなると毎回憂鬱な気分になりました。

 

企画という仕事自体は楽しく仕事ができたのですが、時間的に追い込まれるのでストレスになりました。毎日が時間に追われる日々が続き、アイデアが出るまで必死で考えます。

 

さらには企画が成功するように裏方の仕事を頑張るので、常に気が緩む時がありませんでした。もう少し時間的に余裕があれば楽しく仕事ができましたが、そんな余裕はなく憂鬱な日々を送っていました。

 

私がそんな憂鬱な日々を送っていて仕事を辞めたいと思っていたのを、解決した方法とは転職することでした。

 

企画の仕事は私にとって楽しく仕事ができるものでしたが、プライベートな時間が無くなることがとてもつらかったです。

 

企画が立ち上がると毎日終電近くの電車で帰ることも多かったので、体力的に大変でした。仕事を辞めることで職場の人には迷惑をかけると思いましたが、それ以上に私自身がこのまま仕事を続けていける自信が無かったのです。

 

毎日憂鬱な日々が続き仕事への意欲も無くなっていったので、企画の仕事をつらいとまで感じるようになりました。憂鬱な日々から抜け出すには仕事を辞めるしかないと思ったので、思い切って転職をしました。

 

現在仕事が憂鬱で辞めたいと悩んでいる人へのアドバイスとしては、仕事をやる意味をしっかりと考えることをおすすめします。

 

何のために仕事をするのかを考えれば、仕事で憂鬱になってでも続けるのは意味がないと気づくはずです。仕事をするのは生活のためにするものであって、生活を犠牲にしてまで仕事をすることはありません。

 

どの仕事も大変なことはありますが、憂鬱な気持ちになってでも無理やり続ける必要はありません。

 

仕事はいくらでもありますし、もっと自分が楽しんでできる仕事があるはずです。仕事のためにプライベートな時間まで憂鬱になってしまっては、何のために仕事をしているのか分からなくなります。

 

仕事で憂鬱な気持ちになって悩んでいるなら、思い切って仕事を辞めて他の仕事をすることも考えてみましょう。

 

A【飲食店キッチン勤務、26歳 入社6年目、女性】苦手な人の攻略法

 

私は、ある飲食店のキッチンで働いていました。それまでは料理経験はほとんど無く、母の手伝い程度でした。

 

しかし、料理に興味があり日常生活においても役に立つし勉強のためだと働き始めました。

 

仕事内容は、調理・盛りつけ・皿洗いでした。チェーン店だったので、マニュアル通りに調理していくというもので初心者でも簡単でした。

 

私は今まで、チェーン店であっても全てお店で作っていると思っていたので、冷凍のカレーや真空パックされた野菜、出来上がっている煮物パックなどを見たときは衝撃でした。

 

しかし、よく考えればとても効率的なことで、同じ味を同じ値段で全国で食べれることが強みのチェーン店では当たり前のことです。

 

調理・盛りつけ・皿洗いなどの仕事は苦にならなく、むしろ楽しかったです。店長も優しく他の方も色々教えて下さって人間関係も良かったです。ただ一人を除いては…。

 

同じキッチンで苦手な女の人がいました。口調がきつく人当たりが悪い感じです。簡単に言うと人によって態度を変える人です。

 

日によっても態度が違い、不機嫌な日と機嫌が良い日が新人の私でも分かるくらいでした。

 

皿の扱い方や、冷蔵庫の閉め方などで機嫌が分かります。機嫌が悪いときに、わからないことを聞いたりすると、あからさまに声を荒げて睨み付けます。

 

その人に気を使うことで精神をすり減らしてしまい、心身ともに疲れ果てました。

 

私はこのままではいけないと思いました。そして、あることに気づきました。自分が仕事を頑張っても、気を使ってもこの人は変わらないんだということです。

 

人を変えることは出来ないけれど、自分の考え方を少し変えるだけでずいぶんと楽になりました。

 

まず、「この人はこういう人なんだ」とその人を認めました。十人十色なのだから、自分と合わない人はいて当然。逆にその人から見たら、私が苦手なタイプだったかもしれません。

 

そして、仕事の目的を思い出しました。私の場合仕事は、お金を稼ぐためと料理の勉強をすることでした。決して、職場で仲良しこよしするためでは無かったのです。

 

仕事はあくまで仕事。そう割りきることで私はだいぶ楽になりました。

 

現在、仕事が憂鬱で辞めようと悩んでいる方、社会には色々な人がいます。誰でも全員から好かれたいものですが、それは無理なのです。開き直ってしまいましょう。

 

決して無理はしないでください。辞めても良いのです。気合いで乗り越えろという時代ではありません。仕事は生活をするための手段であると考えれば、手段はいくらでもあります。

 

義務教育を終えて、就職する人・進学する人様々だと思いますが、10代で自分に合った職業を選べというのも難しい話です。

 

色々経験してみることをおすすめします。

 

その中で、様々な人と出会い壁を乗り越え価値観が変わって行きます。

 

そうやって、自分を成長させて行くことこそが人生の目的だとしたら、手段は他にもあるはずです。

 

厳しさと優しさのバランスを上手く取って、自分と向き合っていけば大丈夫です!

 

 

B【求人広告営業職、24歳 新卒1年目、女性】ノルマに追われる毎日が嫌で辞めたかった

 

私は求人広告の会社で営業として働いていました。営業職なのでやはりノルマが発生して、毎日受注をするために日々頑張っていました。

 

毎日テレアポでのアポが取れた件数にもノルマがありましたし、名刺交換の名刺の数もノルマ化させられたりしていました。

 

入社当時はまさかこんなに色々なノルマに追われるとは思ってもおらず毎日憂鬱で仕方ありませんでした。

 

もともとマイペースな性格だったと、お客さんとの関わりを大事にしたいと思いながら仕事をしたいと思っていた私は特にこの営業らしいノルマに追われる毎日は辛く、毎日泣いていました。

 

テレアポが取れない時や、名刺の数が少なくノルマ達成ができなかった日は怒られはしなかったものの、上司に指導を夜遅くまでさせられたり本当に憂鬱でした。

 

私はこの問題を結果的には部署異動をさせてもらうことで解決することができました。

 

私が入社した会社は結構部署の異動も激しく私のように営業に向いていない社員は内勤に異動できたりしました。

 

私はまず最初にお世話になっている話しやすい上司に相談をするところから始めました。上司は私の毎日辛そうな顔を見ていたらしく、そんなに思い詰めるまでになっているのであれば営業から離れてみたほうがいいと言ってくれました。

 

また同期にも相談をして実際に私と同じく営業から内勤に異動した人からも話しを聞いてどんな風に上司に言えば異動させてもらえるかなどのアドバイスをもらいました。

 

結果的に上司にも人事にも話しを通すことができて営業から内勤に異動をすることができました。

 

私の憂鬱な気持ちは今ではなくなり、内勤としての仕事をすることに誇りを持っています。仕事を楽しいと初めて思うことができました。

 

私のように今やっている仕事が向いていなくて毎日憂鬱な気持ちになってしまっている人もいると思います。憂鬱な中仕事をすると何もかもうまくいきませんし、毎日辛いですよね。

 

そんな時は自分に本当に向いている仕事を考えて会社内で部署異動ができるのであれば異動したり思い切って仕事を辞めるなどして新しい環境にいくことをお勧めします。

 

そのためにはまずは身近な人に相談を持ちかけるべきです。

 

自分一人で解決しようにもやはりなかなかうまくいきませんし、やっぱり今のままでいいかなと考えなおしてしまってさらに憂鬱な中仕事をしなければならないかもしれません。

 

そうならないためにも周りの意見も聞いてみて自分に一番合う方法で憂鬱な毎日とおさらばしましょう。

 

C【建設業事務職、22歳 新卒2年目、女性】配置換えで辞めずに頑張れた

 

新卒1年目は建設現場の現場事務所で現場の事務作業やCADでの作図をしていました。1年目の冬にその現場が完成し会社の積算部に配属されました。

 

それまでの仕事内容、そして環境と違い戸惑いもありましたが与えられた仕事をこなす日々でした。

 

仕事の内容は官公庁や民間からの建設工事を受注するための見積もりを出すために数量を拾い出したり、業者さんから出してもらった見積もりをまとめる仕事をしていました。

 

ただ一つなじめなかったのが同じ部署の先輩女子社員でした。彼女は夏場でも夏用の半袖の制服ブラウスではなく長袖のブラウスを着用し、長袖のカーディガンを着用していました。

 

そして部屋の冷房を22度という温度に設定するのです。私は夏用の半袖の制服ブラウスに長袖のカーディガンを着用していましたのでとてもその温度には耐えられませんでした。

 

寒いので温度あげますねと声をかけてあげても、席を外すとまた元に戻されているということが毎日繰り返されました。

 

そんな日が続いていたある日冷房病で食欲もなくなり高熱と下痢、嘔吐で倒れてしまいました。1週間ほど会社を休んで仕事に復帰した日、自分では自覚はなかったのですが周りからはびっくりするほどげっそりと痩せていたのです。体重を測ると4kgほど1週間で減っていました。

 

現場からたまに監督たちが帰ってくるのですが、毎日会っている人以上に私の変わりようを心配してくれ、上司に掛け合い2日ほど現場事務所の手伝いに連れていくと会社から連れ出してくれました。

 

現場事務所は来客も多く、またそれまでいなかった人間がいるということで会社ではご挨拶しかしていなかった業者さんたちとも気さくにお話が出来、仕事なのですが久しぶりに楽しいと思いました。

 

現場の方たちには会社ではなく現場事務所勤務になればいいと言っていただけましたが、それは無理だろうと思っていました。その後現場の上司と会社の所属部署の上司とが話し合いをしてくれて、現場事務所に事務員がいないので必要だということで事務員として配属が決まりました。

 

私の中で一番の重荷だった女子社員と離れることで精神的にも落ち着き食欲も戻りいつの間にか体重も元に戻りました。

 

私の場合は人によってピンチになり人によって助けられたと思っています。仕事の合う合わないと同じで、人間も合う合わないがあります。

 

私は合わない人と先に出会いその後に合う人達に出会えたことが救いになり仕事を辞めることなく続けられました。

 

今は自分にとってマイナスな存在の人しか見えないかもしれませんが、どこかに必ず認めてくれるプラスになる存在の人がいるはずです。

 

一人で悩んであきらめずに周りに相談してみてください。相談した一人から救いの手を差し伸べてくれる人が見つかるかもしれませんよ。

 

D【建設業営業職、29歳 入社7年目、男性】常にしっかり会話をすることで解決する

 

仕事が毎日充実している、楽しく仕事ができていると感じている人は少ないでしょう。

 

とくに、職場の環境に不満を感じている人は、会社に行くこと自体に憂鬱感を感じているはずです。

 

私もそうした感情を抱いていた一人でした。職場の環境はとても重要で、辛い仕事であっても良い環境であれば結果的に仕事は楽しいと感じるものなのです。

 

その職場の環境を決めているのが人間関係でしょう。私の場合は、上司や先輩との人間関係に大きな悩みを持っていて、一時は辞めたいとまで考えていました。

 

会社の上司や先輩がいつも何を考えているのか分からず、私のことを嫌っているのではないかと感じるようになっていました。

 

仕事を依頼してくるときには、他の人への指示よりも自分の方が辛い仕事を押し付けてくるように感じてしまい、どんどんと上司と先輩との溝は深くなっていくように感じていました。

 

会社の忘年会などの打ち上げがあったときでも、そうした自分の気持ちは伝えることができるわけでもなく、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま仕事を続けていました。

 

こうした気持が続いてしまい、朝起きてから仕事に行くのがとても苦痛になってしまい、さらに忙しい日が続けば続くほど、仕事への集中力がどんどんと低下していくのが自分でも分かってきました。

 

こうした感情になってしまうと、さらに悪循環が重なっていき、休日に家でのんびりしているときでも、体にストレスを感じる程になっていったのです。

 

しかし、この悩みは簡単なことで解決できたのです。

 

ある日に出張にでかけていたときに、先輩が上司に私の仕事のことについて話をしてくれたのです。

 

いつも頑張っていることや、上司からの指示に対しても嫌な顔せず頑張っていることを高く評価してくれたのです。

 

また、私に厳しく接していたのは、将来もっと優秀な人材になってくれるように指導をしてくれていたことも話をしてくれました。

 

その話を聞いて、上司や先輩が私に対するどのような感情を持って切してくれていたのかが全て分かりました。

 

大切なことは、しっかり会話をして気持ちを伝えたり気持ちを聞くことです。自分の殻に閉じこもり、一人で悪い想像をするのではなく、気になることがあればしっかり会話をして解決していくことだと分かりました。

 

そういったことが仕事の中で自然と行うことができれば、仕事の悩みは間違いなく小さな物になっていくでしょう。

 

簡単なことではないかもしれませんが、まずはそうした行動の第一歩を踏み出すことが大切です。

 

E【介護職、30歳、女性】ブラックなやり方に憂鬱になった

 

私はグループホームに勤務して4年が経ちました。当時管理者と施設内介護支援専門員を兼務されてました。

 

毎日通常勤務8時間その後介護支援専門員の業務2時間。その後職員の記載した記録の確認が終わるまで。毎日12時間から13時間働いていました。

 

オーナーの指示で通常勤務の8時間でタイムカードは切る様に。週/2回・1回/2時間までタイムカードを押して良いとのルールがありました。

 

休みの日も呼び出されるしまつ。月/4日は呼び出しがあり職場に出向いてました。これを毎日続ける事11か月行っていて憂鬱になりました。辞めたいと思いました。

 

この現状。実は福祉業界良くある状況でしたので我慢しかないと思っていました。シングルマザーで子供も育てないとならなかった為我慢してました。

 

しかしあまりに酷い為オーナーに相談しに行きました。オーナーは話を聞いて下さいましたが「あなたの立場もあるでしょうからね。シングルなんでしょ。お金欲しいんでしょ。少しお給料検討してあげるから頑張りなさいよ」と言われました。

 

お金が頂けるなら我慢出来ると思い「はい。ありがとう御座います」とその場は失礼しました。当時の私のお給料は基本給が17万。手当が全て合わせて2万。夜勤手当が1晩で4千500円。6回夜勤をしてましたので月/2万7千円。合わせて22万弱が月のお給料でした。

 

仕事を辞めれば就職活動をしなければならず次が決まれば良いのですが、決まらないと生活が成り立ちませんでした。

 

なので金銭アップで納得するつもりでした。しかしです。お給料が次の月もその次の月も上がりません。話しが違うのでオーナーの元に行きましたがオーナーは「検討する」と言っただけだと話されました。

 

その時私の中で悩みが解決しました。「辞めてやる」と決めました。オーナーに気持ちを伝えると手の平を返す様に調子良い事を話し始めました。

 

静かにオーナーへ辞任届を提出しましたが取り扱って下さいません。なので職場には出勤し受け付けて頂けるまで通常勤務しつつ労働基準監督署に出向きオーナーとのやり取りを録音したモノを提出し今までの事を相談しました。

 

書類を何部か記入し労働基準監督署を後にしました。オーナーには私の行動についてお話せずその後も辞表も受理を依頼してきましたが「次が決まるまで頼む」との事。

 

その数日後労働基準監督署が施設にやってきて色々指導が入り私の辞表を受理して頂きました。

 

仕事が憂鬱になり辞めたいと思ってる方。理由はさまざまあると思いますが筋を通してから仕事をお辞めになる事をお勧めします。

 

納得行かない理不尽な仕事をさせられてる方は労働基準監督署に相談へ行くのも1つの方法です。うつ病等を患う方もおられます無理はしないで下さい。

 

F【店舗経営、30歳 転職1年目、男性】続けること

 

コンビニの直営店の会社で、店舗経営をしていました。フランチャイズ店でいうオーナーに当たるような立場です。

 

もともと大学卒業後務めた会社を、上司とのトラブルから退職をし、独立を考えました。

 

ただ調べているうちにコンビニの会社にたどり着き、入社当初は店舗での勤務になるということで、独立する前にいい経験になると思い転職をしました。

 

立場上は副店長という立場で、基本社員2人でお店を切り盛りしていくのですが、あくまで会社員で週休2日制なので、店長不在の日が2日存在します。

 

その店長不在の二日間の仕事は、店長の指示があるのですが、最初のうちは8時間ではとても仕事が終わらず、朝10時に出勤して、帰りは0時をまわっている状況でした。

 

慣れると勤務時間でこなせると言われ、残業代もつかなかったので、店長不在の日は、車で職場まで行く時間がとても憂鬱になり、ため息ばかりついていました。

 

勤めるうちに多少は速くなりましたが、それでも勤務時間内で終わらせるのはとても難しい状況でした。あとあと思えばあの仕事量は慣れても、時間内で終わらせるのは難しかったです。

 

そこで自分はなんて無能な店長の下で働くことになってしまったんだろう。とにかくすぐ店長になってしまうおうと気持ちを切り替えました。

 

当時は出店ラッシュの時期で、店舗ができるたびに異動があったので、そのチャンスを逃さないよう実績を作れるよう努力しました。

 

自分は前の会社では社員教育の責任者だったので、店長と呼ばれる人たちよりも、経験、能力はあると思いこみました。店長にさえなってしまえば、もっとうまい仕組みを自分で作って、毎日定時で帰ってやると強く思いました。

 

そして転職半年くらいで、店長としてお店を任されることになりました。仕事を辞めるのは簡単です。でもその仕事につくまでの労力をもう一度考えてみるべきだと思います。

 

そしてその憂鬱を自分の力と時間の経過で本当に解決できないか、考えてみるべきです。

 

それでも難しいと判断したら、辞めるという選択肢もあると思います。何かをなすためには、つらい体験を避けられないこともあります。

 

ただ、決めるのはあくまで自分なので、そのつらい体験をしてまで目指すことなのかは考えるべきかと思います。憂鬱が続くとわかっていて、続けることに意味はありません。

 

憂鬱が続かない、もしくは続かない可能性が残っているなら、がんばって続けてみるべきだと考えます。

 

私は現在独立していますが、この経験がなかったら今の自分はまずなかったと思っています。

 

G【営業、28歳 中途採用2年目、女性】元々苦手だった計算が憂鬱で逃げたかった

 

ずっと憧れていた営業職へ転職し、見事採用され楽しく働いていました。

 

やはり営業という仕事柄、数字に強くないとお客さんからの信頼も得られないばかりか、自分で作る売り上げの管理や上司への報告など、そういった事もすべて計算が絡んできます。

 

小学生レベルの算数でも苦手意識のある私は、最初の頃こそ営業の仕事が楽しくてその部分に目が行きませんでしたが、半年、1年と自分でまかされる金額が大きくなるにつれ、コストや利益率の計算が出来ずにその事が原因で数字が落ち込む事もありました。

 

また、客先で大体でいいので単価を教えて下さいとか言われた時に焦って計算したため桁違いの金額を伝えてしまい、受注しそうになって見積もりを出したら、お客さんに話が違う、大体というレベルじゃないと叱られて信用を無くした事もあります。

 

もともと文系の頭をしている私は、計算が嫌いで、練習しようという気にもなりません。

 

これまでやってきていた事務職ではパソコンが自分の代わりに複雑な計算もしてくれていたので全く問題ありませんでした。

 

営業が向かないのか、どうやって克服したらいいのか毎日悩んでいました。

 

結局、性格上苦手な事を無理にやって嫌いになるよりは、と、客先でも遠慮なく電卓をたたいたり、あれ・・ちょっと計算出来てない、怪しいなという時にはどうしても今教えてって言われても絶対に計算せず、一旦社に戻ってすぐに折り返しますという風に言うようにしました。

 

これで客先でのミスはなくなり、怒られることもなくなって一つ悩みが消えました。

 

問題は社内で上司への報告や、会議資料を作る時ですが、自分が恐れている事の中に、社内の人に自分が「計算できないくせに営業やってる」と思われる、バレる事が恐いと思っている事が分かりました。

 

でもそれは事実ですし、意外とそんな人は多いかも知れないし、別に死にはしないよなと思って、思い切って事あるごとに、「私、計算が苦手で・・・。」とか「算数が嫌いだったんです」という話をするようにしました。

 

そしたらあまり自分でも隠そうとしなくなったからか、恐怖心や苦手意識がなくなりました。また上司からも「お前計算苦手だもんな。」とか「相変わらずだな」と笑って言われるようになり、気が楽になりました。

 

仕事が憂鬱で悩んでいる内容にもよりますが、自分が原因で悩んでいる場合、本当にそれは悩む必要がある事なのかを考えるといいと思います。

 

私の場合は、自分で勝手に計算が出来ない事を恥ずかしい事で、その事がバレるのが恐いと思い込んで悩んでいました。

 

他にも例えば電話が苦手、という人がいるかも知れませんが、電話している時の言葉遣いを怒られたらどうしよう、という事で悩んでいるとしたら、早めにその事を周りの人に打ち明けてみるといいと思います。

 

意外なほど周囲はそんな事ないよ、とか、思い込みじゃない?なんて言ってくれると思います。

 

そればかりか、「その事ができなくても他にこんなことができるじゃない」なんて教えてくれたりもします。

 

いずれにしても、一生懸命働いていると悩みは尽きません。せっかく途中まで積み上げたものも、ちょっとした思い込みや自責の念で辞めてしまいたくなるほどの悩みに繋がる事もあります。

 

でも、勇気を出して周りに言ってみたり、自分自身の考え方を少し変えてみるだけで、驚くほど働きやすくなったり、肩の荷が下りたりするものです。

 

長い人生、仕事で悩むより、打ち明けて開き直ってオープンマインドで進めて行ったほうが物事上手くいく事が多いものです。

 

是非頑張って下さい。

 

H【サービス業、23歳、女性】目標を見つけて現実にする

 

私は高卒で、ある百貨店に入社しました。高卒で社会人になるのは、昔は当たり前のようにあることでした。むしろ、大卒のほうが少ない時代です。年功序列の社会を生きていました。

 

格式高い建物の中での面接は緊張の極みでしたし、入れた時は親も喜んで、まわりの人に話していました。配属は婦人服でした。まさかと自分の目を疑いました。

 

うわさに聞くと厳しくていそがしく、残業もあると聞いてもっと怖くなりました。

 

毎日ワゴンのブラウスをたたみつづけて、肩も痛いし足もパンパンになりました。苦情も、何をどう対処したらいいのかわからずに、困ったこともありました。

 

少し慣れてきたころに気づいたのです。販売職が自分に合っているときづいたのは、売り上げと戦う毎日になかで、お客さんは帰ってくるのだと、わかったからでした。

 

それから自分の小さなコーナーを与えられ、がんばりました。ある希望ができました。

 

大きな会社の中で、役職やリーダーを目指すよりも、ブティックの店長になりたいと思いました。自分のやりたいことをするには、ここは難しい場所だともおもいました。

 

ある日、とうとうレジ係が私にもまわってきたのです。毎日毎日、お金を数えて違算を解決し、みんなのフォローをする。そんな毎日に疲れていました。正直に言うと飽きたのです。

 

わからないうちは覚えようと必死になります。慣れたらまちがいがないように努力し、人のわからないことを助けてあげるのです。

 

時に、伝票がなくなるようなミスを誰かがしたときなど、上司に報告しますと、売り場から大きな声が聞こえてくるのです。

 

神経質そうに揺れる上司の崩れた前髪が、私のこころをむしばむような気さえしました。

 

同期か突然辞めることになりました。なんでも相談できる人でした。私はこのままでいいのかと考えて、新しい道を探すことにしたのです。

 

以前から心にあったブティックへはどうしたら近づけるか考えて、まず、雑貨を経験し、大きな売り上げ実績をつくってから、プレタポルテにはいりました。

 

人間関係に疲れたとき、憧れの店への足掛かりができたのです。どんなことになっても、行くのだと強く、心に決め交渉にのぞみました。

 

2年たち、いよいよ店長の話がきたときは、やらねばと、自分を奮い立たせるように決めました。応援してくれるお客様がと上司がいらしたから、決意しました。

 

そして五年後、寿退社をしました。今から思うとなつかしいおもいでですが、その時はいつも必死でした。

 

I【クリーニング工場、24歳 入社6年目、男性】休みを削り仕事をしていても

 

私はリネン関係のクリーニング工場に6年間勤めていました。その会社の仕組みは、顧客に対して自社のリネン(タオル、シーツ、テーブルクロス、ユニフォームなど)を貸し出し、使用したリネンを回収し、洗濯して再び納品をするという仕組みになっています。

 

その中で私は回収されたユニフォームを洗濯したのちにアイロン掛けなどをして仕上げるラインのライン長をやっていました。

 

作業事態はさほど難しいこともなく、むしろあんなに汚くなって返ってきたリネンがここまで綺麗になってすごいなあと思うと同時に、やりがいも感じていました。

 

しかし、ライン長とは課長とかとは違えど、中間の管理職みたいなものであり、当然下からはぐちぐち文句を言われ、上からも無理難題を押し付けられたりして、徐々にやる気も滅入ってきてしまいました。

 

また人が足りないと言われ休みを削り出勤してを繰り返していたら、月の休みが2日〜3日のみになることもありました。

 

ライン長なので、最終的なラインの点検の後に課長に報告書を書いたりしていたら、いつも帰るのが22時を回っていました(朝は7時に出社)。

 

そんな生活を続けていたら体にも異変が現れ、体調を崩して休めば文句を言われ、結局は半日しか休ませてもらえないこともありました。

 

そしてなんと言っても、たまの休日にゆっくりしていると会社から1時間に1回は電話があり、次に出社したときでいいだろう内容まで聞かれる始末になってしまい、まったく休んだ気持ちになりませんでした。
なのでせめて休日に電話されないために連絡書を作り、その日1日に必要な内容を休日の前の日にまとめて課長に提出するようにしたのですが、あまり効果がありませんでした。

 

そしてある日、ストレスが原因で胃潰瘍になってしまいました。そこで医者に話せることを全て話をしていたら、あれ?なんで自分はこんなにもボロボロになって頑張っているのだろう?確かに生活をする上で仕事をしなくちゃいけないのは確かなんだけど、なにもこんなになるまでここで頑張らなくてもいいだろうと思えてきました。

 

そして、胃潰瘍も治りきらないまま会社に呼び戻され仕事をしろと言われたときに、完全に自分の中で会社を退職するという考えが出てきました。そこからは早かったです。

 

総務部に行き、退職することを伝えました。もちろん反対され考え直せと言われましたが、なにがなんでも辞めて違う職場に行くんだ!という信念のもと話し合いをして、1カ月後退職することになりました。

 

辞めてから、違う職種の仕事に転職したのですが、前の会社とはまるで違い、残業もなければ、休みの日に電話もなくゆっくりと過ごせています。

 

そしたら、体調も良くなりいろいろなことが出来るようになりました。今では辞めてよかったと本当に思っています。

 

なので、今仕事が憂鬱で体調を崩したり、生きていて楽しくないと感じたら、一度誰かに全てを話してみると答えが出てくるかもしれません。

 

私の場合は退職するという答えになりましたが、他の人は違う答えが出てくると思います。やるだけのことをやってダメだったら、辞めちゃうのもいいと思います。

 

例え、職場の中で仲の良い人がいて、その人を残してやめたら迷惑がかかるとわかっていても、自分の人生なので自分が楽しくないと意味がないので、辞めた後の会社のことは考えずに勢いで辞めてしまうことも時には必要だと思います。